TOP > バックナンバー > Vol.11 No.5 > 動画で見るエンジンレビュー エンジンの筒内可視化(第2報) - 点火から火炎伝播まで -
本特集では、通常「視る」ことのできないエンジン筒内で起こっている現象について、可視化エンジン等で計測された画像や動画を交えながら、分かりやすく紹介していくことを目的としている。 第1報(Vol.7 No.3)では“吸気行程と圧縮行程”を紹介した。今回の第2報では、“点火、火炎伝播、ノック(異常燃焼)”について紹介する。(図1)
Fig.1 4ストロークガソリンエンジン (1)
火花点火ガソリン機関は、空気とガソリンの予混合気(以下混合気)を吸入し、これをピストンで圧縮し、圧縮行程の終わりに混合気に点火して燃焼させ、熱発生で生じる圧力上昇をピストンで受け、クランク軸で回転運動にしている。点火とは、火花放電によってシリンダ内の混合気中に伝播火炎を生じさせることを意味する。次章以降、ガソリン機関の点火方法である火花放電と、エンジン性能との関係について述べる。
混合気中にて火花放電すると高温のガス核が形成される。このガス核が火炎核に成長して、その後、火花放電からの熱エネルギーを受けなくても自ら火炎伝播するようになる。 この過程を火花放電過程と定義した。
2.1.1 火花放電過程
火花放電の過程は時間の経過順に、①混合気の絶縁破壊に至る過程(A-B点)、②その後の容量放電の期間(B-C間)、③誘導放電の期間(C-D)に大別される。(図2参照)この過程で放電エネルギーが熱に変換され放電経路の混合気に供給される。
1) 混合気の絶縁破壊過程
混合気は電気を通さない絶縁体であるが、混合気中に向い合せた電極を設置し、その電極に電圧をかけて徐々に電圧を高くすると、混合気が絶縁破壊し火花が発生する。電極間で火花放電が発生する様子を示す。(図3)
Fig. 3 電極間で火花放電が発生する様子(2)
2) 容量放電期間
火花の発生により混合気中に放電経路が形成され、数千度Cにプラズマ化する。その熱とイオンも含めた化学種が放電経路の混合気に輸送される。熱等を与えられた混合気は燃焼反応により発熱を開始する。
Fig. 4 多重放電(3)
均質な静止混合気に火花放電する場合、火花放電が起こるにはある大きさ以上のエネルギーを与えなければならず、それを最小点火エネルギーと呼んでいる。
ルイスにおいて求められた最小点火エネルギーを、種々の燃料と空気の混合気に対して測定した結果を図5に示す。最小点火エネルギーの特長は、これらの混合気において、最小値は0.2-0.3mJ程度であり、最小値をとる当量比は燃料種によってことなり、最小値になる当量比からずれるにしたがって急激に増大することである。
火花放電により形成された火炎核の熱は、例えば電極への伝熱や、火炎核周囲の未燃混合気による冷却作用の影響を受けて温度低下する。このように火花放電に影響する要因は様々であり一例を表1に示す。
火花放電を行う装置は、クランク位相を検出するクランクセンサ、スパークプラグに火花を飛ばすタイミングを決める電子回路、高電圧発生のために電流のON/OFFを行うパワートランジスタ、高電圧を発生する点火コイル、エンジン燃焼室内で混合気に火花を飛ばすスパークプラグからなる。(図6)
クランクセンサでクランク位相を検出し、その信号に基づき、コンピュータが予め設定された混合気への点火を行うタイミング(通常はクランクの位相角で表す:以下点火時期)より前に点火コイルの一次側に電流を供給してエネルギーを蓄える。点火時期になるとパワートランジスタにより一次側の電流を遮断した瞬間に二次コイルに高電圧を誘起して、点火プラグの電極間に電位差を発生する。二次コイルの電流と電圧の積を積分した値を点火エネルギーと呼ぶ。
今日の点火エネルギーは40~80mJ程度である。図1に示す最小点火エネルギーに比べ大きな値であり、これはエンジンの燃焼室内は強い乱流場であること、残留ガスによる混合気の希釈や電極による冷却作用等があるので十分に余裕のある火花点火エネルギーを与える必要があることによる。
CO2低減等に対応するため、高EGR燃焼やリーン燃焼等の熱効率向上技術が盛んである。しかし今回紹介した火花点火方式では点火できる混合気の空燃比は約25程度が限界であり、さらに薄い混合気等への安定的な点火を目指して様々な方式が研究されており参考まで一例を示す。
・連続放電方式
誘導放電を長時間継続するために誘導放電中に二次コイルにエネルギーを注入する。
・マイクロ波方式(プラズマ点火システム)
火花点火中に点火プラグからマイクロ波を注入してプラズマを拡大するもの。
・レーザブレイクダウン点火方式
レーザ光を凸レンズで集光し、燃焼室内に高温プラズマを発生させて点火するもの。
燃焼によって燃焼圧力が発生するクランク位相角は、点火時期により変化する。エンジンの性能要求や信頼性等により、燃焼圧力が発生するクランク位相角の適切な角度は異なり、その代表的な事例を以下に述べる。
点火の後、混合気の圧力上昇が発生するまでの時間や、混合気中を火炎が伝播する速度はエンジンの回転速度や平均有効圧力に比例するため、適切なクランク位相角で燃焼圧力(燃焼位相)を発生させる必要がある。通常は燃焼圧力が一番効率的に軸トルクに変換できるクランク位相角で点火を行う。この際の点火時期をMBT(Minimum advance for The Best Torque)と呼んでいる。一般的な目安としてこの状態では、火炎面はピストンが圧縮上死点近傍で燃焼室の大体半分くらいの面積に広がっていて、燃焼圧力は上死点後15度近辺でその圧力が最大になっている。
点火時期違いによる燃焼圧力違いを示すアニメーションを図7に示す。
Fig. 7 点火時期違いによる燃焼圧力違い
2.2.2 ノッキングの回避
ノッキングとは、伝播火炎前方の未燃混合気が自着火を起こし、急激な燃焼とその衝撃による燃焼室内の圧力振動をともなう現象である。(詳細については、3章で後述する)
平均有効圧力が非常に高い条件下では上述のMBTとなるクランク位相角より前にノッキングが発生することがあり、ノッキングが発生しない点火時期を設定する。またノッキングを検知するセンサー等を用いて、点火時期を遅くすることが行われている。
2.2.3 触媒早期暖気
冷機始動時等に早期に触媒を温め排出ガス中の有害成分を低減することが、大気汚染の低減の観点から必須となっている。排気ガス温度を高くすることにより、触媒温度の昇温を促進し有害成分の浄化を早期化するために、点火時期をMBTより大幅に遅くする制御を行っている。
2.2.4 カーボンの付着によるスパークプラグの汚損
スパークプラグの碍子にカーボンが多量に付着すると、電極間の絶縁抵抗が低下し、電極間で放電経路が生じず、碍子表面に放電経路が生じて正常な火花放電が行われない。中心電極に平行した電極と、絶縁碍子横に電極を二つ持つ点火プラグを用い、絶縁碍子にカーボンが付着している状態で火花放電したものを図8に示す。動画の最初は、カーボンにより絶縁抵抗が下がった碍子表面と、横の電極間が放電経路となっている。火花放電を繰り返すことにより、徐々に碍子表面に付着したカーボンが放電により発生した熱で焼かれ、碍子表面の絶縁抵抗が高くなり、上側の電極間での火花放電に変わる。カーボンの付着は、低温でのエンジン始動の繰り返しで発生しやすく、スパークプラグの適切な熱価(碍子温度が上昇しやすさを示す値)を選ぶ。
Fig. 8 スパークプラグの汚損による碍子表面への火花放電
-点火から火炎伝播まで- Ⅰ:点火
- Spark Ignition to Flame Propagation - I: Spark Ignition
Tsutomu KIKUCHI (JSAE ER Editorial Committee / Nissan Motor Co.,Ltd.)