TOP > バックナンバー > Vol.11 No.5 > 動画で見るエンジンレビュー エンジンの筒内可視化(第2報) - 点火から火炎伝播まで -
ガソリン機関のノッキングは、エンドガスの自着火が起因となって発生することはよく知られている。ただし、自着火が起こったとしても、騒音や燃焼室内圧力振動を伴わない場合もある。本編では、自着火発生した後の現象にクローズアップし、自着火の成長から圧力振動の発生、そして強いノッキングに至る現象について、可視化エンジンで取得した燃焼動画などを用いて説明する。
3.2.2 異なる強度のノック動画
単にノッキングと言っても、非常に弱いノック、弱いノック、強いノック、非常に強いノックのように様々な強度のものがあり、Trace Knock, Slight Knock、Heavy Knockなど、様々な呼び名がつけられている。
図11に、ノック強度が異なる条件での燃焼波形と燃焼室内可視化動画(1)を示す。ノックの強度に応じて、エンドガスで発生した自着火が成長する速度などが大きく異なることが分かる。
Fig.11 [1]I.T.=-15deg. ATDC
エンドガス部で緩慢に、段階的に、自着火が発生
Fig.11 [2]I.T.=-30deg. ATDC
[1]に比べてエンドガス部で急速に自着火が成長、ただし圧力振動は生じていない
Fig.11 [3]I.T.=-45deg. ATDC
エンドガス部でより急速に自着火し(特に後半に燃える左側部分)圧力振動が形成
3.2.3 高速ノッキング時の自着火の成長速度とノッキングの強さ
以上のように、様々な強さのノッキングに応じて、自着火の発生の様子が異なることが分かった。燃焼室内で圧力不均衡が発生することが、圧力振動の要因だと考えられる。そう考えると、強い圧力の不連続面を発生させるのに重要なファクターは、局所的な自着火の成長速度と音速との関係だと考えることができる。そこで、ノッキング運転が可能な可視化エンジンを用いて、エンドガスの自着火が成長する過程を高速度撮影した結果を示す。実験に用いたエンジンの概略を図12に示す。
ここでは、計測の利便性を考えて、サイドバルブ(L-head)方式のエンジンを用いている。
エンジンのシリンダヘッドに石英観測窓を設け、図12の矩形に示す領域を可視化している。図の右側に示す写真のように、左側から伝播してきた火炎が右端まで達する前に右端付近から自着火が発生して、成長していく。自着火の成長を一次元的と仮定すれば、平均的な自着火成長速度が分かる。
ここでは、高速ノッキング現象の理解を目的として、低速(1400 rpm)と高速(4000 rpm)でノッキングを可視化した例を紹介する。
1) 比較的弱いノッキングを起こした時の燃焼可視化(1400 rpm:低速ノック)
比較的弱いノッキング発生時の燃焼可視化結果(2)を図13に示す。圧力振動の発生挙動を可視化するために、毎秒480,000コマの高速撮影を行っている。このケースでは、左から右に向かう火炎伝播の進行中に、右端のエンドガス部から自着火が発生し、伝播火炎が向かってくる左方向に見かけ上伝播するかのように成長していることが分かる。その後、火炎面と自着火に挟まれた、破線の丸で囲った未燃領域で、輝度が高い自着火が発生した後、未燃領域が急速に燃焼し圧力振動が発生している。図13の右側の図は、これらの燃焼写真を左に90°回転させて並べて、時間と自着火成長距離の関係に示したものである。この図の自着火の先端部をつないだ線の傾きが、自着火の進行速度になる。この条件では、自着火の進行は、80 m/s程度であり、常温での音速(約340 m/s)よりもはるかに低い数値であることが分かる。また、この速度で自着火が進行する条件では、明確な圧力振動は発生していない(圧力振動が発生するのは、自着火と火炎伝播に挟まれた領域で高輝度かつ急速な自着火が発生したときである)。つまり、緩慢な自着火だけで燃焼を完了することができれば、自着火したとしてもノッキングには至らないと言える。
Fig.14 比較的弱い低速ノッキング時の燃焼動画(1400 rpm)
2) 強いノッキングを起こした時の燃焼可視化(4000 rpm:高速ノック)
4000 rpmの強いノッキング発生時の燃焼可視化結果を図15及び図16に示す。(2)このケースでは、左から右に向かう火炎伝播の進行中に、右端のエンドガス部から自着火が発生し、伝播火炎が向かってくる左方向に成長を始めるところまでは、弱いノッキングを起こすケースと同じである。しかし、左側の図の破線の丸で囲った領域で高輝度な自着火領域が確認された時点で、まだ未燃の領域が多いことが分かる(未燃ガスは圧縮されているため、質量割合で考えると、体積割合以上に多くの未燃ガスが残っていることになる)。
破線の丸で示した高輝度な自着火が発生したのち、その領域が未燃ガス中を高速で進行し、やがて伝播火炎部に到達し、そのまま高速で点火プラグ側に進行している。結果として、非常に強いノッキングに至っている。図15の右側に、これらの燃焼写真を左に90°回転させて並べて、時間と自着火成長距離の関係に示したものを示す。見かけ上伝播するかのように進行する自着火の先端部の進行速度は、1700-1800 m/s程度であることが分かる。
一般に、自着火が起こる温度は1100 K前後と考えられ、その時の音速c [m/s]は、次の式で求められる。
ここで、κは比熱比、Rは気体定数、Tは絶対温度である。
κを、標準状態の空気の値(κ=1.4)とし、空気の気体定数278 J/(kg・K)を用いて1100 Kでの音速を計算すると次のようになる。
実際には、比熱比は温度によって変化する。また、エンドガスの組成の気体定数は、空気の気体定数とは同じではない。しかし、それらを考慮したとしても空気を仮定した音速とさほど違わない。
つまり、自着火直前のエンドガスの音速は、700 m/s程度以下だと言える。よって、図15で示した強いノッキングが発生するときの自着火の進行速度は超音速状態であると考えられる。つまり、強烈なノッキングに至る条件では、エンドガス中に相当量の未燃領域が存在する時点で、局所的に強い圧力波もしくは衝撃波が発生し、それによる圧縮で未燃部が瞬時に加熱されて自着火し、圧力波にエネルギーを供給することで、衝撃波と自着火が総合作用しながら超音速で未燃部を消費する過程であると考えられる。つまり、ディベロッピングデトネーション過程(3)(4)にあると考えることができる。
近年、高過給のガソリンエンジンにおいて、低速高負荷時に何らかの要因でプレイグニッション(LSPI: Low-Speed Pre-Ignition)が発生すると、非常に強いノッキングに進展することが問題になっている。この時に発生する非常に強いノッキングは、前述の現象によってもたらされているのではないかと考えられ、さらなるメカニズム解明とその知見に基づくノッキング抑制技術の創出が必要だと考える。
Fig.16 強いノッキングが生じる高速ノッキング時の燃焼動画(4000 rpm)
本企画では、第1報、第2報にわたってガソリンエンジンの筒内現象に対応した、「吸気」、「圧縮」、「点火」、「火炎伝播」、「ノック(異常燃焼)」について、動画やアニメーションを用いた説明を行った。
今後も、動画を活用した企画を計画しているので、ご期待いただきたい。
-点火から火炎伝播まで- Ⅳ:自着火と圧力振動
- Spark Ignition to Flame Propagation - IV: Autoignition and In-cylinder Pressure Oscillations
Akira IIJIMA (JSAE ER Editorial Committee / Nihon University)