TOP > バックナンバー > Vol.12 No.2 > 熱電材料の車載応用に向けた大規模論文データ分析
熱電材料の車載応用可能性を検討するため、過去に出版された論文から熱電材料の実験データを大規模収集してデータ分析を行った。筆者らが独自に開発してきたStarrydata webシステム (1) によって論文からのデータ収集作業を効率化し、大規模実験データを作成した。データ解析から材料系ごとの特徴を可視化することに成功した。また、機械学習によって化学組成から熱電特性を予測し、未調査の熱電材料候補物質を提案することも試みた。
温度差から電気を取り出せる熱電材料(熱電変換材料)は、エンジンの排熱から電力を回収し、自動車の燃費向上に貢献できる可能性がある。熱電材料の車載応用への課題としては、変換効率、環境安全性、耐久性の不足が挙げられる。熱電材料の性能は無次元性能指数ZTで表され、ZTが高いほど変換効率はカルノー効率に近づくため有望な材料だと言える。熱電材料の変換効率は高いものでは10%前後に到達しており、オーダーの観点では十分であるため、車載応用できる可能性は今後の新規熱電材料開発研究次第となる。
変換効率の上昇には高いZTが必要になる。実用化に必要なZTは1とされてきたが、近年ではPbTe(鉛テルル)系材料などではZTが2を超える試料が再現性良く合成されている。
車載応用には環境安全性も重要である。RoHS規定ではPb(鉛)の使用が規制されるため、上述のPbTe系材料の応用は困難である。Te(テルル)などの希少元素は採掘時の環境破壊が大きいという点でも、環境に優しいとは言い難い。
耐久性も重要である。車載応用には長期間の振動に耐える必要があるが、熱電材料の多くは脆いセラミックス材料であり、電極接合部も弱い。また、Bi2Te3(ビスマステルル)などのように、熱に弱い熱電材料も多い。
以上の3要件を満たす熱電材料として、現在ハーフホイスラー合金やスクッテルダイト化合物が注目されている。だが変換効率の観点では十分とは言えない。そこで、これらを超える有望な新規熱電材料の探索が、世界中の研究者によって進められている。
熱電材料研究の難しさは、同じ物質でも作り方によってZTの値が全く違うことである。ZTはZT=S2σT/(κe+κL)と定義されるため、ZT上昇の条件は高い温度Tで使う以外に、ゼーベック係数Sの絶対値を大きく、電気伝導率σを高く、電子熱伝導率κeと格子熱伝導率κLを低くすることとなる。半導体のキャリア濃度nは不純物ドープで制御されるが、Sを大きく、κeを低くするにはnが低いほど良く、σを高くするにはnが高いほど良い。また格子欠陥や不純物置換などフォノン散乱因子を導入することでκLを低くできるが、σの低下も招く。このため熱電特性は試料依存性が非常に大きく、その物質が熱電材料として有望なのかどうか判断するための物質依存性の情報を得ることが難しい。
そこで本研究では、研究業務員の手を借りて過去の論文中のグラフから熱電材料の実験データを集めることで、多数のデータから熱電特性の物質依存性を調査した。2021年11月現在、6,652本の論文から31,492グラフ、 36,484試料の熱電特性データを収録した、世界最大の熱電材料の実験データが構築できた。Sを横軸、logσを縦軸としたinverse Jonkerプロットを取ると、多くの材料系で2本の直線からなる山なりの形状が現れ、その山の高さや傾きに各材料の特徴が出ることが分かった。そして、山の中腹でZTが最大化する傾向が観察できた。
収集した熱電特性データのうち、化学組成とZTの温度依存性が含まれているデータについて、ニューラルネットワークおよびランダムフォレストを用いて機械学習を行った。続いて、その学習済みモデルを用いて、およそ7000種類の既知半導体についてZTの予測を行い、温度ごとの予測結果をランキングにすることで、有望な熱電材料候補物質のリストを作成した。これらを参考にして、現在新規熱電材料の開発に取り組んでいる。
本記事では筆者らが取り組んでいる熱電材料の論文データ収集の研究について紹介した。本研究で集めた多数の物質の熱電特性データを活用して、俯瞰的な視点で有望な熱電材料を判断できるようになれば、車載応用に向く新規熱電材料の発見につながると期待している。