TOP > バックナンバー > Vol.12 No.4 > 筒内水噴射による超希薄燃焼ガソリンエンジンの熱効率向上技術 -現象解明と最適化に向けた研究-
空気過剰率λを2程度まで上げた超希薄燃焼ガソリンエンジンに筒内水噴射を組み合わせることにより、52%を超える高い図示熱効率を実現できる。この際、水をピストン頂面付近に層状に分布させることで、超希薄燃焼においても燃焼を悪化させることなく水の冷却効果を得ることが可能となる。本技術の高度化と更なる熱効率向上に向けては、水噴射が燃焼や温度場、壁面熱伝達に与える影響を詳細に解明すると共に、筒内水分布を最適化することが求められる。本記事ではエンジン燃焼を1サイクル模擬可能な急速圧縮膨張装置を用いた、水噴射下における燃焼・熱伝達特性の解明と、噴射方向の変更による水分布最適化に向けた検討結果について紹介する。
ガソリンエンジンにおいて空気過剰率λが2を超える超希薄燃焼は、比熱比向上および低温燃焼による冷却損失低減によって高い熱効率を実現できる。筆者らは高圧縮比の超希薄燃焼ガソリンエンジンに筒内水噴射を適用することにより、乗用車用ガソリンエンジンとしては世界最高水準となる図示熱効率52.6%を報告した(1)、(2)。この際、点火プラグ近傍を避けてピストン表面付近に水蒸気を分布させる「層状水蒸気遮熱」により、超希薄燃焼を悪化させることなく水の冷却効果が得られ、またピストン近くの未燃領域で多く発生するノッキングとピストンにおける大きな冷却損失の効果的な低減も期待できる。このため、本技術の高度化と更なる熱効率向上に向けては、水噴射が燃焼や温度場、壁面熱伝達に与える影響を詳細に解明すると共に、筒内水分布を最適化することが求められる。本稿では水噴射条件下における燃焼・熱伝達特性の解明と、筒内水分布最適化に向けた取り組みについて紹介する。
水噴射条件下における燃焼・熱伝達現象を詳細に調べるため、エンジン燃焼を1サイクル模擬可能な急速圧縮膨張装置(RCEM)を用いて実験を行った(3)。図1に示すように、燃焼器には水噴射インジェクタを取り付け、空気/燃料混合気はライナ側面より導入することにより、筒内に実機エンジンと同様のタンブル流を形成した。実験時には筒内圧に加えて、ピストン中央部とヘッド下面に設置された同軸型薄膜熱電対センサにて壁面熱流束を計測した。図2(a)はλ=2における壁面熱流束の時間積分値を水噴射時期SOIwに対してプロットしており、図2(b)はこれをヘッド側に対するピストン側の割合になおしている。これより水噴射による熱流束低減効果は全体的にピストン側の方が大きく、またヘッド側に対するピストン側熱流束時間積分の割合は、圧縮開始前噴射から-102 deg.ATDCまでは水噴射タイミングを遅らせるに従って単調に減少する。これより、水噴射タイミングの遅角によってピストン表面の水蒸気成層化が促進されると考えられる。
水分布の最適化による水蒸気成層化の促進を目的とし、水噴射方向が単気筒エンジン性能に与える影響を調査した(4)。図3(a)に示すように、吸気側噴射の場合、圧縮行程前半に水噴射を行うことで水はタンブル流に乗って吸気側からピストン表面近くに輸送され、成層化される。一方圧縮行程後半においてタンブル流はピストン運動方向に押しつぶされるため、排気側から水噴射を行う方が吸気側からと比較して成層化しやすいと考えられる。また排気側・圧縮行程後半噴射は、吸気側・圧縮行程前半噴射と比較して点火時期に近いタイミングでの水噴射となり、より強い成層化状態を保ったまま燃焼へと移行できる可能性がある。以上の観点のもと、同一燃焼重心における吸気側・排気側噴射の燃焼期間および図示熱効率を比較したものが図3(b)である。SOIw = -300 deg.ATDCの場合は噴射方向の影響はほとんど見られず、SOIw = -180 deg.ATDCの場合は吸気側噴射と比較して排気側噴射は熱効率が約1.7pt.低下し、燃焼期間も長期化する。一方SOIwを-90 deg.ATDCまで遅角すると、両者の熱効率の差は再び小さくなり、排気側噴射の燃焼期間は吸気側噴射と比較して短縮される。現時点では明確なエンジン性能向上には至っていないものの、水噴射時期を遅角した際に排気側噴射の優位性が現れる傾向が確認できる。
超希薄燃焼ガソリンエンジンへの筒内水噴射の適用は高い熱効率ポテンシャルを有するが、現状では燃料に対して半分程度の水を噴射しており、水噴射量の低減が実車への適用に向けた大きな技術課題の一つである。また水噴射量を抑えたうえで、更なる熱効率向上も求められる。これらの課題解決のためには、水噴射が燃焼や熱伝達、水蒸気分布に与える影響などを詳細に明らかにし、その知見に基づいて最適な筒内水分布を提案し、インジェクタ等の工夫によって実現する、というアプローチが必要となる。今後は本稿で紹介した実験的手法に加え、三次元CFDシミュレーションによる水噴射最適化なども取り入れながら研究を進め、本技術の更なる高度化を目指す。
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