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Vol.12 No.8

未来の水素ガスタービンエンジン
Hydrogen Gas Turbine Engine in the Future
小酒 英範(本試編集委員、東京工業大学)

Hidenori KOSAKA (JSAE ER Editorial Committee, Tokyo Institute of Technology)

アブストラクト

 電力の脱炭素化のため、水素ガスタービン発電システムの開発が進められている。再生可能エネルギーや褐炭から製造される水素を燃料として安定した電力を供給することができ、カーボンニュートラル電力システムの基盤技術として注目されている。また、わが国が世界に先行している、高効率ガスタービンコンバインドサイクルなどの先進技術を転用することができ、国際的な水素供給網が整えば、エネルギー資源に乏しいわが国がエネルギー技術先進国として世界をリードできる可能性もある。本特集では、水素ガスタービン発電システムについて、エンジン開発者による技術解説記事を掲載する。本稿は、これらの解説記事に先立ち、将来の水素ガスタービンエンジンの概要について述べる。

次世代ガスタービンエンジン
(1) 次世代火力発電の技術ロードマップ

 図1は経産省が2016年に策定した次世代火力発電にかかわる技術ロードマップ(1)である。2030年ころまでの石炭火力発電とLNG火力発電の技術開発目標を送電端効率(HHVベース)とCO2排出原単位に対して示している。石炭火力は、超々臨界圧発電(USC)から先進超々臨界圧発電(A-USC)、石炭ガス化複合発電(IGCC)、石炭ガス化燃料電池複合発電(IGFC)へと進化させ、2035年には排気中のCO2を酸化剤として循環させるクローズドIGCCを実現する(CO2回収率は不明。ここでは50%として試算)。LNG火力発電は、高湿分空気利用ガスタービン(AHAT)、超高温ガスタービン複合発電(1700℃級GTCC)、ガスタービン燃料電池複合発電(GTFC)と進化させ、2030年にはCO2排出量を2016年比で2割削減する。これらは、化石燃料を用いる火力発電の技術ロードマップである。一方、最近の2050年までにカーボンニュートラルを達成するという新たな枠組みに対して、発電の脱炭素化技術の開発が求められている。このような状況下で、燃料に化石燃料と水素を組み合わせた、あるいは水素のみを燃料とする発電システムの開発が進められている。

(2) 火力発電の脱炭素化における水素ガスタービンエンジン

 図2に2020年度のわが国における全CO2排出量に対する部門ごとの排出量割合(2)を示す。エネルギー転換部門のCO2排出量割合は40.4%であり、このうちの9割程度を発電による排出が占める。このため発電部門における脱炭素化が求められており、バイオ燃料利用、太陽光発電や風力発電などの再生可能エネルギー発電の導入が加速している。しかし、再生可能エネルギー発電は電力の安定供給に課題がある。これに対し、余剰再生可能エネルギーを用いて製造した水素を燃料とする火力発電により電力を安定供給できる可能性がある。昨年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画(3)では、「2030年までに、ガス火力への30%水素混焼や水素専焼、石炭火力への20%アンモニア混焼の導入・普及を目標に、混焼・専焼の実証の推進や非化石価値の適切な評価ができる環境整備を行う。また、2030年の電源構成において、水素・アンモニア1%を位置付け」るとしている。また、経産省の水素社会構築技術開発事業(NEDO、2014年度~2025年度)(4)や、総合科学技術・イノベーション会議のSIP「エネルギーキャリア/水素燃焼技術の開発」(2014年度~2018年度)(5)において、水素ガスタービンエンジンの研究開発が進められている。本特集に掲載している他の2件の技術解説記事では、当該事業における研究開発について紹介している。

(3) 将来水素ガスタービンエンジン(セミクローズド水素ガスタービン)

 究極のガスタービンエンジンとして、再生可能エネルギーで製造される水素と酸素を燃焼生成物である水と混合し燃焼させるセミクローズド水素ガスタービンエンジンがある。混合気に窒素を含まないため、大気汚染物質である窒素酸化物を排出せず、効率も高いとされる。図3はグラーツ工科大により提案されたセミクローズド水素ガスタービン(6)の概要である。図4は当該エンジンのT-S線図である。基本的にはブレイトンサイクル(①-②-③-⑦)とランキンサイクル(③-④-⑤-⑥-⑦)の複合サイクルであり、熱回生蒸気発生器(熱交換器)においてガスタービンエンジンからの排気熱を回収しランキンサイクルを駆動する水蒸気を発生させる。熱効率は68%に達すると試算されている(6)。武塙ら(7)は、この酸素水素燃焼発電サイクルと、空気LNG燃焼GTCC、空気水素燃焼GTCCに対するエクセルギー解析を行い、酸素水素燃焼発電サイクルの熱効率は、空気LNG燃焼GTCCや空気水素燃焼GTCCに比べ2~11ポイント高いことを示している。

(4) 水素ガスタービンエンジンの技術課題

 水素ガスタービンエンジンの技術課題には、水素や酸素の製造技術革新、タービン等の冷却技術開発、システム全体の最適化手法の確立などもあるが、水素を安定して燃焼させる技術が第一に重要な課題である。LNGに比べ、火炎伝播速度が高く、密度が低く、物質拡散係数が高い水素を、逆火させずに安定して拡散燃焼させる燃焼技術が求められる。本特集の他の2件の技術解説記事は、この技術課題に取り組んだ事例である。詳細はこれらの記事を参照されたい。

まとめ

 国際的な水素供給網を利用できるようになれば、水素ガスタービン発電システムは電力の脱炭素化に大きく貢献すると期待される。また、セミクローズド水素酸素燃焼発電システムが実現されれば、窒素酸化物を排出しない高効率発電システムが構築でき、持続可能社会における安定発電の中核を担うシステムとなるであろう。一方、水素は炭化水素燃料に比べ、低密度、高拡散、高燃焼速度といった特性を有するため、これを安定に燃焼させる技術開発が課題である。

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【参考文献】
(1) 次世代火力発電協議会:次世代火力発電に係る技術ロードマップ技術参考資料集、経産省
https://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/energy_environment/jisedai_karyoku/pdf/004_02_00.pdf
(2) 2020年度の温室効果ガス排出量(速報値)について、国立環境研究所
https://www.nies.go.jp/whatsnew/jqjm100000140ugt-att/jqjm100000140v3y.pdf
(3) 第6次エネルギー基本計画:経産省
https://www.meti.go.jp/press/2021/10/20211022005/20211022005.html
(5) SIP(戦略的イノベーション創造プログラム)「エネルギーキャリア」
https://www.jst.go.jp/sip/k04.html
(6) Wolfgang Sanz, Martin Braun, Herbert Jericha, and Max F. Platzer, Adapting the zero-emission Graz Cycle for hydrogen combustion and investigation of its part load behavior, Int. Journal of hydrogen energy, 43(2018), pp.5737-5746.
(7) 武塙 浩太郎、岡崎 健、野崎 智洋、酸素水素燃焼発電サイクルのエクセルギー解析および性能解析、エネルギー・資源学会論文誌、42(5) (2021), pp.325-336.