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Vol.13 No.5

ホンダF1 第四期活動総括
Summary of 4th era of Honda Formula 1
角田 哲史
Tetsushi KAKUDA
株式会社ホンダ・レーシング LPL
Honda Racing Corporation-LPL

アブストラクト

 自動車レースの最高峰F1世界選手権にて、2021年にレッドブルチームのマックス・フェルスタッペン選手がチャンピオンを獲得した。彼の乗っていた車には、ホンダが開発・製造・供給したパワーユニット(PU)が搭載されており、チャンピオン獲得に大きく貢献した。ホンダは2008年末をもって2000年よりはじまった第三期F1活動を中止しており、その時にプロジェクトチームを完全に解散していた。その後、F1の技術規則は2014年よりエンジンのダウンサイジング化や回生システムといった環境技術が大きく導入されることとなり、内燃機関の効率化や先進のエネルギーマネージメント技術を常に追求してきたホンダにとって、将来技術の開発や技術者の育成において大きな意義を見出し、F1への再挑戦を決断し、2015年より参戦した。しかしその挑戦は、長い中断とライバルに対し遅れての開発開始・参戦により大きな苦難を伴うものであった。そして最後は会社から突然F1撤退の宣言がされたのだが、コロナ禍により延期していた完全新骨格PUをプロジェクトメンバーは意地で前倒し開発をやり切り、最終年に投入しチャンピオンを獲得したのである。キーとなる個別技術の詳細は別稿で紹介するが、本稿ではその挑戦した技術規則・出力開発・信頼性開発・体格開発の概要を紹介したい。

F1PU技術規則

 2013年までのエンジンは2.4L-V8の自然吸気を高回転でまわし少しでも多くの燃料を燃焼させて勝負するものであったが、2014年から導入されることになった技術規則概要は大きく変わった。内燃機関(ICE)は1.6L-V6と小型のダウンサイジング過給エンジンとなり、更に燃料の最大使用量と最大流量が規定され、出力を上げる=熱効率を上げる という高効率化が勝負になった。このICEに 過給機で駆動するモータ(MGU-H)とクランク軸に機械連結されているモータ(MGU-K)の二つのモータ(MGU)を装備する複雑なハイブリッドのPUである。燃料のエネルギーはまずICEで使われ最大570㎾以上の出力をタイヤに伝達する。ICEで発生した排気ガスのエネルギーは過給機に連結されたMGU-Hを駆動し電気エネルギーを発電し、バッテリに蓄積される(図1)。バッテリにはエンジンブレーキとしてMGU-Kからも回収した電気エネルギーが蓄積される(図2)。加速時には蓄積された電気エネルギーでMGU-Kを駆動し最大120㎾の出力がICE出力に 上乗せされタイヤに伝達される。ここで走行中の電気回生量が少ないと加速時に駆動力としてつかうMGU-Kの持続時間が短くなり、競争力が大きく落ちてしまう(図3)。レースを走りきるにあたり、最大限効率よく燃料を燃焼させICE出力を上げるのと同時に、過給機効率や二つのMGUを使った電気回生システム(ERS)含めてすべての領域の効率を最大限高める必要がある。更に二つのMGUの回生・力行を駆使したエネルギーマネージメントを行い、最大限電気回生量を確保するのも勝負の大事な一部となっている(図4)。

F1PU性能開発

 レースでは他社より出力を出せるかがなにより重要である。ICE出力は最大加速時にその駆動力の8割以上を占めるため一番重要な開発になる。参戦初期は最速の競争相手に対しICEは50kw以上の出力差があり、まったく競争力がなかった。それでも参戦初期は開発時間と共にその時点の正攻法でICE出力を大きく伸ばすことができたが、競争である以上他社も懸命に開発をするため、大きな差はなかなか埋まらなかった。幾つかの情報から他社は副室点火という手法を使っていることが分かり、ホンダもそれにチャレンジすることにした。新技術(新燃焼形態)への挑戦はそれまでの延長線上の開発では通用せず、既存シミュレーションはそのままでは適用することができず 、前例のない各部のダメージも多発し、燃焼の制御もままならないという状態になり、複雑にからみ合っているそれらを一つずつ解決しながら手探りですすんでいく必要があった。メンバー全員で知恵を絞り可能な限りのトライ&エラーを繰り返すことで、道を開くことができた。シミュレーションを再構築するなどプロセスも並行して改善していった結果、物事は好転しはじめトライの成果が出やすくなり 、他社との大きな差もはやく埋めていけるようになった。また、その過程で高速燃焼という新たな現象を発見し、それを手の内に入れ更なる改良を加えることで、TOPと勝負できるようになった(図5)。結果として、6年間で100㎾以上の出力向上、ICEの圧縮比は当初は絵空事と思えた規則上限の18に達し(図6)、熱効率は50%を軽く超えるところまで到達させることができ、エンジン技術者としての大きな醍醐味を味わうことができた。

F1PU信頼性開発

 高性能と信頼性は切り離せない表裏一体であり、信頼性開発も熾烈な戦いの一部である。ホンダは長い活動中断と規則変更後1年遅れて参戦したため、信頼性においても参戦初期は競争力がまったくなかった。信頼性開発は設計時の部品個々の安全率の設定が非常に重要であるが、F1参戦を中断していたため、レースPUにおける各部の安全率の設定目安がまったくなく、複雑にからみあっている部品毎に、実績をゼロからひたすら積み上げていく必要があった。また、F1の競争の中では設計仕様の変更スピード も非常に速く、なおかつ出力向上よる各部負荷の増大も大きい。信頼性に一番大きな影響のあるシリンダ内の圧力は 出力増加量に対し指数関数的に上昇するため(図7)、同じままの部品だと仕様進化(時間経過)と共にどんどん強度不足になっていき、信頼性開発をより一層困難にした。同時に何台ものエンジンをつかった耐久テストをしつつ、並行してシミュレーションにて安全率の予測精度 向上を着実にすすめたが、1基あたりの目標走行距離を確保するのには長い道のりを要した (図8)。更に、課題解決には設計図上の形状変更によるものだけではなく、専用の材料・表面処理・製造方法等の新規開発も常に並行で必要であり、それらを最速ですすめていけるだけのプロジェクトの総合力が必要となる。

F1PU体格開発

 F1車両開発にはPUとしては 出力以外に重量・低重心・小型・低放熱といった体格性能も重要開発要素である。規則で最低車両重量が決まっており、もともと車重の軽いF1はLAPタイムへの重量影響 が大きく、全チームが最低重量とすべく開発する。PUが重いとシャシで無理に軽量化することとなり、必要な機能等を犠牲にした設計が強いられるので 重量低減は最重要である。PU重量は車両重量の1/4程度を占めるため、重心の高さも減速・旋回時にタイヤの荷重分散や姿勢安定性に影響するため最大限低くする。PUの体積が大きいと必然的にエンジンカウル部も大きくなり、競争力を左右する空力形状自由度が減るので極力小さくする必要がある。更に、全体シルエットに対しPUの熱交換器が占める割合が体格的にも空力設計的 にも非常に大きい。PUの冷却には、エンジン吸気・ICEの水とオイル・ハイブリッド系電気部品の水と4系統もあり、冷却器そのものの大きさや冷却水含めたシステム重量、そして必要冷却風導入・排出を踏まえた通路設計は、車両空力特性に大きな影響を与える。よって低放熱量化や高温運転できることが競争力に直結するため、システムの高効率化、冷却構造そして高温運転できる信頼性が重要である。参戦当初は車体の要求に対し言われるがままの小型PUを製作したが、次第に各部の機能を理解するにつれ、必要サイズや条件が明確になり、車体チームともバランス点を議論できるようになった。そして、出力性能的に競争できるようになると、今度は体格的に攻めの開発に転じることもできるようになり、最終的には参戦当初より軽量・低重心・小型・低放熱量の体格をチームに提供できるようになった。

まとめ

 自動車技術の粋を集め速さだけを競うF1という開発競争の場にホンダは挑戦した。長い休止期間があるなかでの再挑戦であったが故に、参戦初期はコテンパンに無力さを味あわされ、共に参戦しているパートナーにも大きな迷惑をかけた。それでもプロジェクトメンバーはあきらめず必死に上を目指して知恵を絞り、参戦最終年の2021年にはチャンピオン獲得に貢献できるまでになった。内燃機関・過給機・電動技術・制御すべての領域において、高い技術目標が達成された証である。そして、かかわったメンバーはどん底から頂点への道を歩むこととなったが、活動の中で高い志とあきらめない心が育成され、それらに支えられて達成しえたものであると確信している。
 技術開発とは常に苦難を伴うものであるが、なにをやるにせよ技術者たちには常に世界一・世界初の高い目標を目指していただきたい。
 2022年のF1では環境配慮した新燃料の使用義務等の技術規則変更が導入されかつ、費用抑制のため4年間仕様凍結されることになったが、この先の数年間の競争力に大きな影響が出てしまうため、参戦PU製造者はどこも気合の入った開発競争を行った。ホンダは2021年をもって正式にはF1から撤退したが、パートナーチームからの要請により2022~2025年までのレース参戦用のPUを開発・供給サポートすることとなった。2022年のレッドブルチームはドライバーとコンストラクターの2冠を勝ち取ったのだが、それを支えたPUは2021年までのメンバーで作り上げたまぎれもないホンダPUであった。

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