ガソリンって何ですか?と問われたら何と答えますか。「ガソリンエンジン用の燃料」? これでは定義になっていないようですが、ある意味正解なのです。ガソリンの歴史をひも解くと、ガソリンエンジンの開発・進化と共に歩んできたことがわかります。もともと、鯨油や樹脂・獣脂から製造されたろうそくに代わる照明用燃料としての灯油の原料として19世紀半ばから原油の採掘がはじまっています。米国ペンシルベニア州でドレイクが油井の機械掘りをおこなって出油に成功した1859年が近代石油産業の始まりとされています。その後、1870年にジョン・D・ロックフェラーが米国でスタンダード石油を設立。それからわずか10年足らずの間に、米国全土にわたる石油市場を独占するに至っています。一方、マーカス・サミュエルが1897年にシェル運輸貿易会社(現在のシェルの前身)を設立してロシア灯油の販売を進めました。当時の石油需要は、灯火用のケロシン(灯油)と潤滑油とに限られていたたため、灯油よりも軽質なガソリン留分は不用品でした。
一方で、ガソリンエンジンが登場するのもほぼ同時代です。カール・ベンツがガソリンエンジンで走る三輪自動車「パテント・モートルヴァーゲン」の試運転に成功したのが1885年。翌1886年に特許が認められ、これによってベンツは世界初のガソリン自動車を造ったとされています。その後、ヘンリー・フォードが1903年にフォード・モーターを設立し、1908年に登場したT型フォードが自動車大衆化を進めていきます。このように20世紀初頭から動力エネルギー源としての石油の価値が高まっていき、「灯油の時代」から「動力あるいはエネルギーの時代」へと移っていきました。
当時のガソリンの性状がどのようなものであったのか、手元に資料がないのでわかりませんが、現在のガソリンとはかけ離れたものであったと思われます。ガソリンの重要な性状の一つにオクタン価があります。ガソリンエンジンの高出力化・高効率化のためにはエンジン圧縮比の増加が必要であり、そのためには高オクタン価ガソリンが必要になりますが、当時はまだガソリンのオクタン価を上げる製造プロセスが開発されていませんでした。高オクタン価ガソリンを製造するプロセスの一つである接触分解法が工業化されたのが1930年。アルキレートガソリンを作る最初のアルキレーション装置が建設されたのが1939年。接触改質法の一つであるプラットフォーミング法が登場したのが1949年になります。意外と最近だと思いませんか。
これらの製造プロセスの導入により、ガソリンエンジンの性能向上とともにガソリンのオクタン価も上がってきます。日本のガソリン規格であるJIS(日本産業規格)における自動車ガソリン(JIS K 2202)の品質の変遷をたどると、初めて制定された1952年にはオクタン価はMON(モータ法オクタン価)で規定され、1号が72以上、2号が65以上、3号が60以上となっていました。単純に換算はできませんがRONにすると1号で80程度、3号では70程度でしょうか。ちなみに1955年にトヨタ自動車からトヨペット・クラウン(初代クラウン)が発表されています。ガソリンのJIS規格の方はその後も何度か改正を重ねていきますが、1961年の改正でオクタン価がRON(リサーチ法オクタン価)での規定になり、1号が90以上、2号が80以上となりました。現在と同じ1号が96.0以上、2号が89.0以上となったのは1986年の改正からです。それ以降、オクタン価の規格値は変わりませんが、自動車の排出ガス規制強化に合わせてガソリン中の硫黄分を下げたり、エタノール分の規格が導入されたりしてきました。直近の改正は2012年で、E10ガソリン(エタノール10%混合ガソリン)の規格が導入されました。
このように見てくると、ガソリンの品質・規格はガソリンエンジンの改良と共に変化してきたことがわかります。昨今、GHG削減のために内燃機関の熱効率向上が急務となっており、ガソリンエンジンでもスーパーリーンバーンの研究開発が進められています。ガソリンエンジンはまだまだ変わっていく…となれば、ガソリンもまだまだ変われるのではないでしょうか。
最近、若い技術者の方と話していると、はじめから規格の範囲内で何とかしようと枠を設けてしまっているケースを見かけます。もちろん、規格を変えるのは大変な作業ですし、現状の品質から大きく変化すると製造・流通設備等への影響や、使用する側の機器(エンジン等)への影響など多くの評価が必要になります。でも、規格の外側まで大きく変えることで別の世界があるのかどうか、そこが重要ではないでしょうか。特に若い研究者の方々には、枠にとらわれず自由な発想で挑戦していってほしいと思います。
ちなみに最初の問い『ガソリンって何ですか?』に対する回答ですが、三省堂から出ている大辞林(第三版)には「比較的低沸点(摂氏30~200度)の炭化水素の混合物。ガソリンエンジンの燃料などに使われる。揮発油」と記載されています。
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