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コラム

変化する時代の要求に対して
-Honda Collection Hallを訪ねてみた-
野口 勝三
Katsumi NOGUCHI
本田技研工業株式会社
Honda Motor Co.,Ltd.
はじめに

 カーボンニュートラル実現に向けた取り組みに社会の関心が高まる昨今、課題は数多く有り、その対応はまだ解決に至っていない。温故知新、エンジンに関する何か面白い展示品は無いだろうかと、モビリティーリゾートもてぎ(ツインリンクもてぎ)内のHonda Collection Hallを訪ねてみた。サーキットコースの横に有るこのホールには、ホンダの創業当初からの歩みを語る、二輪車・四輪車・パワープロダクツ等が約300点展示されている。筆者には興味深い物が数多く有り、このコラムではその中から幾つかの展示品を紹介する。



■ホンダ第1号試作エンジン(自転車用補助エンジン) 1947年

 戦後、本田宗一郎は妻が苦労して自転車で遠くまで買い出しに行く姿を見て、旧陸軍が使っていた、無線機用の発電エンジンを自転車用補助エンジンにすることを考えつく。これを発売すると評判が良く、発電エンジンの在庫がすぐに無くなり、ホンダ初の試作エンジン(図1、図2)を造り始めた、燃料タンクは湯たんぽ(図3)を活用している。“これができたらどんなに楽か どれほど役に立つか”との思いがこもっている。そして1947年11月に初のホンダオリジナル市販製品となる自転車用補助エンジンA型(2ストローク50cc)を生産開始している。



■日本初のF1マシン“白いボディに赤い日の丸” 1964年

 ホンダはまだ1台も自動車を生産したことが無い二輪車メーカーだった1961年当時、四輪レースの最高峰、F1への参戦を決断し挑戦が始まった。そして、四輪車に進出1年後の1964年F1世界選手権、第6戦ドイツGPに独自のホンダ製エンジン(図4)(RA271E_60度V型12気筒横置き1495cc最高出力220PS以上)とシャシーで日本初のF1マシン(図5)(最高速度300km/h以上)として参戦を果たした。その翌年1965年には、メキシコGPにて初優勝を成し遂げている。それから20年以上を経た1988年に年間16戦中15勝の最多勝利記録を樹立し、F1チャンピオンシップのタイトルを獲得した(図6)(RA168E_80度V型6気筒1494cc最高出力600PS以上)。図6がその年のベルギーGP、No.12アイルトン・セナの優勝マシンである。



■世界初、低公害CVCCエンジン発表 1972年

 当時、達成不可能と言われていた、アメリカの自動車排出ガス規制である大気清浄法「マスキー法」を世界で初めてクリアするため、1972年に若手技術者が中心となり開発したCVCC(Compound Vortex Controlled Combustion複合過流調速燃焼方式)エンジン(図7)を発表した。“子供たちに青空を”という合言葉のもと、環境対策に取り組み、世界に先駆けて開発した低公害エンジンである。近年プレチャンバ点火として使われる副燃焼室であるが、この当時のガソリンエンジでは、使われていなかった副燃焼室方式による希薄燃焼を新技術として採用している。燃料供給には直噴ではなく、副燃焼室専用の気化器および吸気バルブが設けられている(図8)。また“自動車産業の社会的責任上なすべき義務である”ととらえ、このCVCC技術を他の自動車メーカーへ公開した。1973年には、マスキー法を世界で初めてクリアしたモデルとして、シビックCVCC(図9)を発表している。



おわりに

 変化する時代の要求に対して、先達はアイデアと技術で新価値とワクワクする物を生み出している。カーボンニュートラルの実現が求められている、まさに今が100年に1度の変革の時、技術者は何をなすべきなのか? 既存の技術にとらわれることなくアイデアを出し、臆することなく新たな技術開発への挑戦を続け、その功績を示す新価値製品が、このようなホールの新たな展示品として幾つも加わっていることに期待したい。

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