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コラム

エンジン vs. モーター
Engine vs. Motor
飯島 晃良
Akira IIJIMA
日本大学 理工学部 機械工学科
Nihon University

 ガソリン vs. ディーゼル、4ストローク vs. 2ストローク、レシプロ vs. ロータリー、そして内燃機関(ICE)車vs. 電気自動車(EV)。エンジンは何かと対立構造で比較されてきました。
実際には、スポーツ競技やゲームのような明確なルール(勝利基準)がある訳ではないため、白黒がつく内容ではないものだと思います。
読者の皆さんも耳にしたこともあるかもしれない、次の話題について書きたいと思います。



『話題 エンジンの効率はモーターの効率よりもはるかに低いので、エンジンはモーターに勝てない』

 モーター効率とエンジン熱効率を比較して、モーターに軍配が上がるという話です。三相交流モーターの効率は90%を超える領域も多くあるのに対して、乗用車用量産エンジン(現時点)の最高熱効率は40%を少し超えた位です。確かに数字だけを見るとそのように見えてしまいますが、この話には、重大な誤解があります。 効率とは、与えた入力(インプット)に対して、どれだけの出力(アウトプット)が得られたかを指します。つまり、以下に示すように、モーターの効率ηmotorと、エンジンの熱効率ηengineは、基準が違うので、比較できるものではありません。

熱力学第1法則: 孤立系のエネルギーは保存される。

 つまり、電力が仕事になる(モーター)、熱が仕事になる(エンジン)それぞれの過程において、エネルギーの形態が変化していますが、エネルギーの総量は不変です。
熱力学第1法則からわかることは、効率90%のモーターでは、入力した電気エネルギーの90%は仕事に変わり、残りの10%は消えたのではなく別の形態のエネルギーになった。熱効率40%のエンジンでは、入力した熱エネルギーの40%は仕事に変わり、残りの60%は消えたのではなく別の形態のエネルギーになったことを意味します。

それにしても、なぜエンジンの熱効率がこんなに低くなるのでしょうか。それは、熱力学が教えてくれます。

熱力学第2法則: 仕事をすべて熱に変えることはできる(自然とそうなる)が、熱をすべて仕事に変えることはできない。つまり、熱効率100%の熱機関(第2種永久機関)は実現できない。

 以上のように、熱力学第1法則によって、エネルギーの量的な関係は等価であることが示されますが、熱力学第2法則によって、エネルギーの質的な関係は非等価であることが示されます。
それでは、なぜ非等価なのでしょうか。物理化学の教科書で有名な、P. W. Atkinsの著書『万物を駆動する四つの法則 -科学の基本、熱力学を極める-』(1)で、次のようなミクロにみたイメージしやすい説明があります。

仕事:物体を構成する原子や分子すべてを、同じ方向に動かすエネルギーの与え方
熱:物体を構成する原子や分子すべてを、無秩序(ランダム)に動かすエネルギーの与え方

そのイメージを図1に示します。

 例えば金属製の物体(質量m)を高さhだけ持ち上げると、図に示すように物体(金属)を構成する原子が同じ方向に移動し、物体にmgh(gは重力加速度)の仕事が与えられます。
 一方で、同じ物体にmghと同じだけのエネルギーを熱として与えても(例えばガスバーナで加熱する)、物体がhだけ持ち上がることは起こりません。この時、与えた熱エネルギーは熱力学第1法則に基づいて消えることはありません。この物体の原子を無秩序な方向に運動させて、その結果物体の温度が上昇しているのです。
 以上のように仕事と熱の違いをイメージすれば、なぜ熱を100%仕事に変換できないのかも納得できると思います。内燃機関における「投入した熱エネルギー」は、燃焼によってシリンダ内の作動ガスに与えた熱エネルギーを指しますが、この状態のガスは分子(主に窒素、二酸化炭素、水、酸素など)が無秩序に運動している状態です。分子の無秩序な運動によって発生する圧力を使って、ピストンの上下運動(ピストンの金属組織を形成する原子等を同じ方向に運動させる)に変換している訳です(図2)。

 燃焼によって作動ガスに熱エネルギーを与える様子の例として、可視化エンジンを用いて副室ジェット燃焼を可視化(2)した動画を図3に示します。

 熱力学第2法則「熱をすべて仕事に変換することは不可能」であることは、ミクロな状態の変化(無秩序な運動を一方向の運動に変換する)をイメージすると、理解しやすいと思います。
 それではモーターはどうでしょうか。モーターは、電力を仕事に変換しています。入力される電力は、具体的にはケーブル内を流れる電流(電荷)です。つまり、電力自体、ケーブル内を同じ方向に移動する電荷の流れとして、既に一方向に揃えられているエネルギーです。ミクロに揃っているエネルギーである電力を、ミクロに揃っている仕事に変換するため、その変換効率(モーター効率)が非常に高くなると言えます。
 内燃機関を含めて、熱機関は「本来自然には起こらない、熱を仕事に変換する」という、難しいエネルギー変換を行う機械です。だからこそ高い熱効率を実現するのはチャレンジングな仕事です。エンジンの熱効率がどこまで向上できる可能性があるのかも、熱力学によって示されます。熱効率は向上の余地はまだまだあると思われます。
 加えて、エンジンが苦手な運転領域は、モーターや電動補器類等によって補完が可能です。EVが苦手な高出力領域(大電流域)や長距離輸送(バッテリー搭載量)も、エンジンによって補完が可能です。
つまりICEとEVは、一緒になると互いのメリットを引き出せると言えます。
 ICE vs EV ではなく、xEV with ICEとして、電動化とエンジン技術の双方で、100年に一度の新しいパワートレインの実現に向けて、次世代を担う学生や技術者がより多く仲間に加わることを期待しています。

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【参考文献】
(1) P. W. ATKINS著、斉藤 隆央訳:万物を駆動する四つの法則―科学の基本、熱力学を極めるー、早川書房(2009)
(2) 宇賀神 大成、篠崎 海渡、千葉 貴明、杉山 稜、田中 慶允、飯島 晃良、古賀 響:燃焼室内可視化による副室点火位置が主室の燃焼に与える影響、日本機械学会2022年度年次大会講演予稿集、J071-03 (2022)