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コラム

森雄一
英国で「100%バッテリ式電気自動車」を運転してみた
森 雄一
Yuichi MORI
本誌編集委員、堀場製作所
JSAE ER Editorial Committee / HORIBA,Ltd.
はじめに

 「あれ?急に充電が減ってきた…近くの充電設備を探してくれる?」「ありました!でも7kWです…」「150kWの大容量の充電設備じゃないと…」「ここから10km先に1カ所見つけました」「ここは充電機1基のみで使用中か…あと何分ぐらい待つかな」「空きが一つありました!あぁっ、故障中です…」「充電量やばいから暖房切るね…」
 これは昨年、英国で4日間にわたり、100%バッテリ式電気自動車(以下、EV)で約600km走行した際に、私と職場の後輩が車内で交わした会話の一部である。英国はEVシフトを先導している国だと聞いており、インフラ整備も進んでいると思っていたが、実態は必ずしもそうではなかった。
 本コラムでは、2024年8月30日発行の「EVシフトの実態」特集号の番外編として、私自身のEV体験を紹介する。ただし、ここで述べる体験談は私個人の見解に基づくものであり、すべてのEVに対する一般的な評価ではないことをご理解いただきたい。
 余談ではあるが、私はこの体験を通じてEVシフトに興味を持ち、上記「EVシフトの実態」特集号の企画・編集を担当させてもらった。各方面の専門家に協力を仰ぎ、EVシフトの背景や普及に向けた技術課題など、最新の動向について解説いただいた。未読の方はぜひご一読いただきたい。

英国でのEV体験

 2023年4月、職場の後輩と英国に出張する機会があり、現地滞在中の移動手段として空港でレンタカーを借りた。通常ならガソリンやディーゼル車を選ぶところだが、この時は思い切ってEVを選んだ。英国のEV事情を体感できる良い機会だと考えたからである。前年11月に開催された気候変動枠組条約第27回締約国会議(COP27)の影響もあり、世界的にEVシフトが勢いづいている時期だった。特に英国は、日本の13倍のEV普及率を誇り、充電インフラも急速に増えていると報道されていたため、インフラは十分整っていると期待していた。
 「本当にEVでいいの?」と空港のレンタカー店の店員に念を押され、すでに嫌な予感しかしなかったが、今回はEVと決めていたので引き返せなかった。レンタルした車はフル充電で約290km走行可能なコンパクトEV。バッテリ容量46.3kWh、新車価格520万円の標準的なモデルだった。バッテリ充電に20分ほど待たされたにもかかわらず、渡された時点での充電量は約3分の2。フル充電ではないことに不満と不安を感じながら、人生初のEV体験が始まった。
 初日の移動距離は空港からホテルまでの70km。運転感覚はガソリン車と変わらなかったが、充電量の減り方が分からず、バッテリ残量が気になって仕方がなかった。ようやくホテルに到着した時には、その残量は3分の1になっていた。翌日の移動に備え、アプリで充電スポットを探すと、多くのスポットが表示され、確かにインフラ整備は進んでいるように見えた(図1)。しかし、最寄りの充電スポットに行ってみると、そこは契約者専用で、ビジターは利用できなかった。予想外の展開に、あわてて別の充電スポットに向かうが、近くの2カ所も同じく契約制だった。後日、英国人の同僚に聞いたところ、契約会社は5社ほどあり、すべてと契約しておかないと不便だという。この時はそんな事情を知らず、少し離れた場所も含めて探し回った。その間もバッテリは減り続ける。日も暮れかかり、最悪のシナリオが脳裏をかすめ、冷や汗がにじんできた。後輩と2人、必死になってビジターOK・クレジットカード決済OKのスポットを探し、なんとか、比較的近くのスーパーマーケットの駐車場にある最大出力50kWの設備を見つけた。アプリ経由でクレジット払いが受け付けられ、そこで30分間充電して事なきを得たが、この経験から、充電に対してすっかりトラウマを抱えることになった。
 翌日は、50km離れた訪問先とホテルとを往復した。帰り道でビジターOKの適当な充電スポットを探すが、ルート沿いには7kWの低出力設備しか見当たらない。このままでは充電に何時間もかかってしまう。背に腹は代えられないと、ルートから大きく外れた場所に見つけた急速充電設備(150kW)まで遠回りすることを決めた。そこで1時間20分充電して、バッテリ残量を3分の2まで回復させた。しかし、この遠回りで復路の走行距離が20km延び、70kmになってしまった。
 3日目は140km離れた別の訪問先との往復だった。この頃になると、150kWの急速充電設備を見つけることが、道中の最優先課題となっていた。走行するために充電するのか、充電するために走行するのか、もはや判断がつかない状態である。それでも懸命に探しても、適当な設備は使用中だったり、アプリとの通信不良が発生したりと、再び遠回りを強いられた。目的地までの最短ルートを取れない非効率な移動が続く中、正直なところ、「これってエネルギーの無駄遣いになっていないのだろうか?」と疑問に思ってしまった。
 最終日は、ホテルから訪問先を経て空港まで移動した。空港到着時のバッテリ残量は半分ほどで、充電して返却しようにも近くに高速充電設備が見当たらず、フライトを控えた気忙しさもあり、そのまま返却せざるを得なかった。結局、多くのEVレンタカー利用者がこのような状況に陥るのではないだろうか。私は初日にフル充電ではなく「約3分の2の充電量」で受け取ったが、返却時にその理由がようやくわかった。こうして無事に4日間のEV運転を終え、充電に関する悩みから解放された。実際にEVで長距離を運転してみると、机上では想像できなかった課題が見えてきて、視点や視野が拡がった。実体験から得られる情報は文面から得られるものよりもはるかに豊かであることを痛感した。多様な情報が錯綜するEVについて、今回の貴重な体験に基づき、より具体的な評価ができるようになったと感じている。

EVの課題と期待

 4日間のEV体験で充電のために費やした時間は、充電スポットまでの移動を含めて計7時間にも及んだ(図2)。とにかく充電がネックで、後輩に充電スポットを探してもらえたから良かったものの、そうでなければもっと大変な目にあっていたと思う。自宅や職場近辺を回っているだけの日常使いや、ルートが決まった通勤ならまだしも、今回のような不慣れな土地でのEV利用は、現状では厳しいと感じた。このままEVの普及が進み、業務等での長距離利用が増えるとすれば、事前の充電計画を入念に立てておく必要がありそうだ。さもなければ、うまく充電できずにイラついた上司に「なぜ充電スポットを確認していないんだ!」と叱責され、部下が自信を失ったり、逆に上司がパワハラと訴えられたりする、要らぬトラブルまで招く可能性もある。ガソリン車より余計な手間が増えるのだから、やはり非効率としか言いようがない。
 とはいえ、今後、状況が変わる可能性は十分にあると思う。特に注目したいのは、バッテリの技術革新とインフラ整備である。今回の体験では、ドライバーの視点で、航続距離と充電インフラがEVの使い勝手を大きく左右することを痛感した。航続距離の延長や急速充電設備の増設が進めば、EVの利便性は飛躍的に向上するだろう。エミッション面でのメリットが大きいEVが、実用性や経済性も兼ね備えることができるよう、これらの取り組みが一層進展することを願っている。

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