TOP > バックナンバー > Vol.10 No.3 > 特集:SIP「革新的燃焼技術」リーダー対談

特集:SIP「革新的燃焼技術」リーダー対談

2 スーパーリーンバーンとはいかなる現象か
What is super lean burn
飯田 訓正
Norimasa IIDA
慶應義塾大学名誉教授
Keio University

1 はじめに

 内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムSIP「革新的燃焼技術」は、「乗用車用内燃機関の正味最高熱効率50%を達成」および「持続的な産産学学連携体制の構築」という2つの目標を設定した。約80大学が結集して4チームを構成。専門分野は、機械工学、内機関工学、燃焼科学、伝熱科学、反応化学、流体力学、トライボロジー、高分子化学、計算科学など多岐に渡る。
 SIP燃焼は、日本の内燃機関の研究開発史における変革点と言える。それは正味熱効率50%という、世界初の値を達成したからだけではない。この達成に伴い世界に例を見ない燃焼科学の基礎的知見と技術成果が多数創出されたからである。

2 従来のガソリン燃焼技術とSIPスーパーリーンバーン技術

 従来、乗用車用ガソリンエンジンは、理論空燃比(酸化剤である空気中の酸素と燃料であるガソリンとが過不足無く反応する混合比)にて燃焼させてきた。この燃焼は燃焼期間が短い一方、燃焼温度が2600Kと高い。そのため、燃焼ガスの熱エネルギーが燃焼室壁面から逃げることで生じる冷却損失は、熱収支の25-30%をも占める。そこでSIP燃焼のガソリン燃焼チームでは、理論空燃比に対して燃料濃度が半分程度の「超希薄燃焼」の実現を目指すこととした。これにより燃焼を2000Kの低温にし、熱損失を大幅低減させるというものである。(図2-1)

×
閉じる

 希薄ガソリン燃焼がこれまで世界で実現されなかったのは、燃焼させること自体の難しさにある。希薄化すると、燃焼期間が増大する、また、サイクル毎に燃焼が完結したり完結しなかったりと不安定になり、エンジンとして作動不可能であった。SIP目標である2000K低温燃焼まで「超」希薄化すると、そもそも火が点かない、たとえ点いたとしても中途で消炎する、これが過去のエンジニアの常識だ。
 そこでガソリン燃焼チームでは、以下の個々の課題を達成し、さらにこれらを統合することで、エンジンでの超希薄燃焼を実現させることに挑んだ。(図2-2)

① エンジンに超希薄かつ均質なガソリン空気混合気を導入する。
② 吸気行程にて、燃焼室内に強いタンブル流動を形成する。
③ 電極付近の流動が25m/sとなる条件下でも、火炎核を連続的に形成できる、スーパー点火装置を開発する。
④ タンブル流動の崩壊と火炎核の形成に基づき、安定した火炎伝播を実現する。
⑤ 低温燃焼により、燃焼室壁面から受ける冷却損失を大幅に低減する。
⑥ 燃焼の素反応に関する科学的解明とモデル構築により、ノッキング発生を抑制・制御する。
⑦ 燃焼室に水を直接噴射して、ビストン表面に蒸気層を形成し、遮熱効果で熱損失をさらに低減する。

3 ガソリン燃焼の研究体制

 以上を達成するべく、リーダー大学および全国の28のクラスター大学で5つの班(着火向上班、火炎伝播促進班、冷却損失低減班、燃料・ノック抑制班、モデル/ばらつき縮減班)を編成し、基礎的な解析とエンジン実験を相互連携させる研究を進めた。また、これを実現するために、単気筒メタルエンジン、可視化エンジン、最新鋭のレーザ計測装置を揃え世界最先端の実験研究を可能とする拠点を㈱小野測器 横浜テクニカルセンター(横浜市緑区)内に整備し、産産学学の壁を越えてアイデア検証や熱効率の実証を行った。(図2-3図2-4

4 ガソリン燃焼の研究成果の概要

 前項の研究構想を実現するためには、内燃機関工学や乱流燃焼科学に跨がる多様な研究者が深く連携しなくてはならない。そのための工夫として、エンジンの設計要件・運転条件と、乱流燃焼の物理量が結びつくよう、エンジン燃焼の構想を「Peters Diagram(乱流燃焼状態図)」に表し(2-1)、あらゆる分野の研究者が共通基盤に立って議論できるようにした(2-2)(図2-5)

 併せて、層流と乱流の燃焼速度、火炎帯厚み、乱流の強度とスケール、放電挙動、低温燃焼ガスと壁面間の境界層構造と冷却損失の関係、燃料とノッキング発生の関係など、エンジン現象の系統的な計測、機構解明を行うと共に、モデル化を行ったことも、世界で例のない取組である。こうして得た研究成果の一部を、以下に記載する。
(a) 超希薄条件でも着火可能な火花点火システムおよび燃焼制御の研究開発
・20~50m/sという高流動場における、火花放電挙動および着火メカニズムを解明(2-3)。これにより、超希薄条件下でも、確実に着火に至る放電パターンを見出し、安定した燃焼を実現。
・タンブル流が導入された”Broken Reaction Zone”の乱流燃焼形態を、DNS(Direct Numerical Simulation)で解析。これに基づき、燃焼期間の短縮および等容度の向上を実現(2-4)
(b) 冷却損失を低減するための研究開発
・壁面近傍の熱伝達メカニズムを境界層計測(2-5)やDNS解析で解明。その制御手法を見出し、冷損低減のコンセプトを創出。冷却損失の低減と燃焼速度の促進を両立できる、新規の遮熱技術である層状水蒸気遮熱(2-6)を開発。低温燃焼の効果に加えて冷却損失を半減。
(c) 高圧縮比でもノックを抑制するための研究開発
・高圧縮比、高過給かつ超希薄燃焼条件においてのノックメカニズムを解明。これにより、化学反応論的アプローチによるノック抑制コンセプトを創出(2-7)
(d) 各種現象のメカニズムの解明、モデル化・予測技術や計測技術に関する研究
・上記(a)~(c)で得られた知見を体系化し、エンジン開発に役立つ物理モデルを構築。
これらの成果を統合した結果、世界未踏であった正味熱効率51.5%を実証することができた(図2-6図2-7)。

5 残された課題

 今回の世界最高峰の熱効率値は、インサイドアウトなアプローチ、すなわち従来のエンジン開発の延長線上であるミニマムローカルから脱して、超希薄燃焼の原理をサイエンスから解析・解明し、その知見に基づきエンジン実験による燃焼技術を探求したことに依る。このことは、長い歴史を持つ本分野の研究に対する新たなアプローチの存在と、それがもたらすポテンシャルを明確に示した。
 また、本活動を通して、産学での議論が進み、相互で何を求めているのか、何を研究しているのかの理解が進んだ。産学による本音の議論は、双方の人材育成にも繋がっている。
 今後は、超希薄燃焼を採用した超高効率エンジンの製品開発が始まるだろう。CO2の排出量の大幅な削減に貢献することが期待される。CO2の削減は高効率エンジンが市場に投入され、使用されて初めて実現する。SIP燃焼が生んだ産産学学連携と技術がスパイラルアップし、双方が将来に渡っても継続・発展することを祈念する。

【参考文献】
(2-1) 菅田健志, 李世埈, 横森剛, 飯田訓正, 乱流燃焼ダイアグラムを用いたスーパーリーンバーンSIエンジンにおける燃焼形態の検討, 自動車技術会論文集Vol.48, No.4 (2017) pp.801-806
(2-2) 丸田薫, 中村寿, スーパーリーンバーンSIエンジンにおける着火~火炎伝播遷移─エンジン燃焼と燃焼基礎研究─, 自動車技術, Vol.72 No.4 (2018年4月発行) 20184222
(2-3) Shinji NAKAYA, Mitsuhiro TSUE, Ignition characteristics of laser breakdown and electrical, 6th Laser Ignition Conference, LIC7-1 (2018)
(2-4) N. Saito, Y. Minamoto, B. Yenerdag, M. Shimura, M. Tanahashi, Effects of turbulence on ignition of methane–air and n-heptane–air fully premixed mixtures, Combustion Science and Technology, Vol.190, No.3 (2018) pp.451-469
(2-5) Masayasu Shimura, Shingo Yoshida, Kosuke Osawa, Yuki Minamoto, Takeshi Yokomori, Kaoru Iwamoto, Mamoru Tanahashi, Hidenori Kosaka, Micro particle image velocimetry investigation of near-wall behaviors of tumble enhanced flow in an internal combustion engine, International Journal of Engine Research, First Published 28 May (2018)
(2-6) 大倉優一, 長澤剛, 山田涼太, 佐藤進, 小酒英範, スーパーリーンバーンSIエンジンにおける筒内水噴射による熱効率向上に関する研究, 第29回内燃機関シンポジウム, No.13 (2018)
(2-7) 三好明, 低温酸化反応の怪, 第55回燃焼シンポジウム, B323 (2017)