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特集:SIP「革新的燃焼技術」リーダー対談

SIP「革新的燃焼技術」リーダー対談
-工学と科学の融合がエンジンを革新する-
小酒 英範
Hidenori KOSAKA
本誌編集委員、東京工業大学
JSAE ER Editorial Committee / Tokyo Institute of Technology

本企画について

 今回、エンジンレビュー誌においてSIP「革新的燃焼技術」特集号を組むにあたり、その第1弾として、当該プロジェクトの「ガソリン燃焼チーム」と「ディーゼル燃焼チーム」のリーダーを務められた、慶應義塾大学名誉教授 飯田訓正氏と京都大学教授 石山拓二氏の対談を行った。当該研究プロジェクトの成果としては、「ガソリンエンジンとディーゼルエンジンの両方で正味熱効率50%以上を達成した」、「国産エンジン用CFDコード(日の丸ソフト)HINOCAを開発した」等の表面的な成果ばかりが話題となりがちであり(これらの成果の重要性は認識してるが)、その革新性については十分に理解されていないのではないだろうか。編者は、SIP「革新的燃焼技術」の本当の革新性について知りたい、読者に伝えたい、との動機から、この従来にない大規模なエンジン研究開発プロジェクトの意義について、リーダー2名による対談を企画した次第である。対談は休憩をはさみながら、以下の三部構成で行われた。
 第一部:革新的燃焼技術で研究開発した燃焼コンセプトの内容に関する対談
 第二部:研究開発した燃焼コンセプトの実用化に向けた課題に関する対談
 第三部:産産学学連携研究の運営上の課題に関する対談
 このHTML版記事では、4時間に及んだ対談の全容をお伝えすることは到底できないが、概要のみを伝えるべく、対談におけるお二方の発言の中から、編者がSIPの意義を理解するために役立つであろうと感じた部分のみを抜粋し記載した。
 対談の全容については、こちらのPDF版記事を参照されたい。なお、対談では、SIPに直接関係しないエンジン研究に関する話題も多く、今後のエンジン研究を考えるうえで多くの示唆に富んだ内容であったことを申し添える。

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1 第一部の概要

 第一部では、それぞれのチームが研究開発した新燃焼コンセプトの内容について対談いただいた。まず、ガソリン燃焼チームの「スーパーリーンバーン」に関する以下の飯田氏の言葉を挙げたい。

 「これまでにない超希薄燃焼における反応論と燃焼科学、燃焼と流動の相互作用、過給機を含めたシステム最適化などに焦点を絞り、科学と工学の両面における内燃機関研究活性化を目指しました」- 飯田
「(従来研究では、)リーンバーンの安定性や冷却損失を支配する要因を突き詰めなかった。これを解明するにはサイエンスが必要で、そこにチャレンジする意味があると考えました」- 飯田
「スーパーリーンバーンであっても、1サイクルでも良い燃焼が実現されるなら、その成立条件が分かれば、再現することができる」- 飯田

 以上から、これまでの「経験知」を中心としたレシプロエンジンにおける希薄燃焼研究を、SIPでは、科学的に整理し明らかにする研究姿勢に強く意識して変えたことが明らかである。このことは、「ディーゼル燃焼チーム」でも同じであることが、以下の石山氏の言葉から分かる。

「限られた空間の中で噴霧火炎の壁への衝突を出来るだけ和らげて冷却損失を低減しながら、燃焼室内の空気を目いっぱい使って速く燃やす。『急速燃焼と冷損低減を両立させる』という意味で高速空間燃焼という狙いを定めました」- 石山
「急速燃焼や冷損低減について、現象の正しい理解と、それを整理して現象間の法則を見出すことが必要です。これについては、残念ながら宿題として残っている。しかし、効率向上への筋道は見えてきたと思います」- 石山

 さらに、飯田氏からは、これまでの内燃機関研究と大学における内燃機関に関する教育について、以下の意見が示された。

「様々な制約下でエンジン開発する設計思想に沿った研究だけでは、真に革新的な技術は開発できないと思います」- 飯田
「エンジニアは、先達が見出してくれたローカルミニマムの世界に留まっていては駄目で、常にローカルミニマムの壁の外を探索すべきと思います」- 飯田
「与えられた条件に対して理詰めで答えを出すことを体系化しないと、内燃機関の講義を聞く学生は、『何ていい加減な学問だ』と絶対思います」- 飯田

 これらの意見は、100年以上のエンジン開発において得られた経験知としての内燃機関研究を学術体系として整理し一般化することの重要性と、それを行うことで新しい工学分野を生み出すためのヒントを与えていると思う。

2 第二部の概要

 第二部では、SIPで研究開発された新燃焼コンセプトの実用化における課題について対談いただいたが、以下の発言に示されるように、ここでの話題はSIPにとどまらず、エネルギー回生や電動化を含む次世代自動車のパワートレイン技術に広がった。

「内燃機関を搭載した車両に大事なことは、エネルギー回生ができること、それからエンジンを広い運転範囲で使わずに狭い範囲でいいから高効率条件で必要なときだけ動かすこと、そしてコールドスタートでのヒートアップも含めて熱マネジメントすること」- 飯田
「エミッションを出さないように助ける電動化、例えば、加速時のトルクを燃焼だけで賄うとエミッションが悪化しますが、これを電動と分担することでエミッションは抑えられます。これは近い将来の大型車の電動化技術であると思います」- 石山
「排気エネルギーの質は低いので、これを回収するには相当コストがかかってしまう。技術の簡素化とコストダウンが課題です」- 石山
「エンジンと排気後処理装置の組み合わせという点では、エミッション対策のために、どうしてもある程度まで高い排気温度は必要です」- 飯田

 また、SIP「革新的燃焼技術」では、ガソリン燃焼、ディーゼル燃焼ともに、従来燃料の使用を前提として研究開発が進められたが、以下の両氏の発言から分かるように、今後のエンジン研究においては、燃料の燃焼に関する新しいインデックスの提案や、新たな燃料開発なども必要であることが示された。

「スーパーリーンバーンにおけるノックに関する燃料指標を新たに作る必要があります。これは、まさしく共通領域として大事なテーマになっていくと思います。この研究には、燃料会社とのコラボレーションも必要となるでしょう」- 飯田
「これまでのディーゼル燃料に関する研究は、ほとんどがエミッション低減を目的にしています。今後は、噴霧燃焼を良くする、例えば、拡散的燃焼を高速化するような燃料開発の研究も重要です」- 石山

3 第三部の概要

 第三部では、これまでにない大規模なエンジン研究プロジェクトを運営した立場から、産学連携研究に必要な組織体制や今後の自動車用エンジン研究のあり方について語っていただいた。

「最初は学学の間ですら互いに話が伝わらなかった」- 石山
「最初から学学連携がうまく始められたのではなく、3年目までは大変でした。チームが分解する手前まで行きました」- 飯田
「新しいアイデアに対して、エンジン屋であれば、『これまでに誰かがエンジンで試していて、そんなに良い結果は得られていないはずだ』といった先入観から手を出さなかったことに対しても、基礎的な知見からこうなるはずだというアプローチで攻める。今回、ガソリン燃焼チームではこれができたと思います」- 飯田
「(報告会などで、)結構厳しいことを言ったり言われたりということを通して、学生もプロジェクトへの理解を深めるとともに、これまでの自分の常識を見直したのではないでしょうか」- 石山
「共用エンジンがあり、それを管理整備するスタッフがいたから、学生も短期間でエンジン計測のやり方を学ぶことができた。この教育効果は大きいです」- 飯田

 これらの発言から、研究者間の意思伝達の難しさが生々しく伝わってくる。また、基礎研究とエンジン研究のアプローチの違いと、それを超えた研究推進のために何をすべきかなど、今後のエンジン研究に必要なことも見えてくる。さらに、研究に参加した学生諸君に対する教育効果がとても大きかったことも分かる。
 対談の最後に、両氏に今後の自動車用エンジン研究のあるべき姿について語っていただいた。特に、以下の言葉が印象的であった。

「ディーゼル燃焼研究に対する要求は、CO2を下げるとかエミッションを良くするとか、どんどん技術的には高度になっていますが、ある程度まで研究を進めて振り返ってみれば、ディーゼル燃焼の基礎的な現象が分かっていないということに突き当たってしまう。ですからやっぱり、これからは基礎研究ですね」- 石山
「エンジンに関する多くの論文の中では、『このパラメータを変えたら燃焼現象が活発化したと思われる』といった定性的な説明が多く、具体的なエビデンスがないのに平気で『思われる』と記述して終わっている。これではだめで、燃焼状態を様々な物理量や指標値を縦軸と横軸にとり表現することでエビデンスを得て、それらの相互の関係を明らかにしてモデルを構築していかねばなりません」- 飯田

 これらの発言から、両氏がともに、今後の内燃機関研究として基礎研究が重要であり強化すべきであるとの考えを持たれていることは明らかである。本対談全体を通して、編者は、SIPで得られた成果や知見は完成形ではなく、今後さらに基礎研究を進めることで、現象や経験知の理解を深め、学問として内燃機関を体系化していく必要があることを強く考えさせられた。
 最後に、対談の全容については、こちらをご覧いただきたい。今後の自動車用エンジン研究について、編者がここに記したこと以上に、より多くのことを見出すことができるであろう。また、両先生には、それぞれの燃焼チームの研究成果について解説記事を執筆いただいた「スーパーリーンバーンとはいかなる現象か」高熱効率を目指したディーゼル燃焼の研究」)。これらもぜひお読みいただきたい。