TOP > バックナンバー > Vol.10 No.4 > 2 SIP基礎研究用ガソリンサロゲート
SIP「革新的燃焼技術」ガソリン燃焼チームではプロジェクト開始前後から、飯田チームリーダーの強いリーダーシップのもとにガソリンサロゲート燃料に関する議論を重ねた。本稿では、その議論の過程と成果の一端を、独断的であることを恐れずに紹介しておこうと思う。今後、SIPガソリンサロゲートを利用される場合はもちろん、目的の異なるサロゲート燃料の議論の際の参考になればと思う。
ガソリンなどの実燃料は百種類以上の化合物の混合物であり、その組成や性状は国や地域・時期によって変動する。一般にサロゲート (代理) 燃料は、実燃料の代用として用いる、数種類の化合物の混合物である。その目的は、実燃料のような性状の変動を避けること、反応機構の利用による予測性の向上などであるが、実燃料と同等な性状を有することは大前提である。(表1-1)にこのようなサロゲート燃料に求められる性能をまとめてみた。少なくとも現時点では、これらすべてを満足する「万能な」サロゲートは存在しない。すなわち、目的に応じてどこで妥協するかがサロゲートの設計の焦点である。
table.1-1 サロゲート燃料に要求される性能
燃焼反応機構をエンジン燃焼技術に生かすことはSIP「革新的燃焼技術」燃料・ノック班の使命であり、反応機構による自着火性と燃焼速度の予測性は譲れなかった。一方で、プロジェクト期間5年で反応機構が構築可能な燃料は、PRF(注1)成分 (ヘプタン・イソオクタン) を含めても5~6成分が限度である。この成分数で蒸留特性を模擬しようとすると、特定の燃料が先に蒸発して予期せぬ燃焼を起こしたり、保存中に低沸点成分が抜けて、再現性が低下する恐れがある。SIPプロジェクトでは予混合燃焼を前提としたことも考慮した結果、SIPサロゲートでは、蒸留性状は犠牲にして成分の沸点をほぼ100 ℃ 程度に揃えることにした。
蒸留性状を犠牲にしたことで、付随しておこるデメリットも含めてSIPガソリンサロゲートの目指したものと犠牲にしたものを(表1-2)にまとめる。常温の蒸気圧は実ガソリンより低く、冷始動やエミッションには大きな差を与える。また高沸点芳香族成分がないために直噴燃焼のPM排出特性なども再現困難と思われる。基礎燃焼特性が再現できても、壁面消炎に与える燃料と燃焼の影響は未解明の点が多く、HCやCOのエミッションに与える違いは未知であると考えられる。
table.1-2 SIPガソリンサロゲートの目指した性能
(〇:目指した, ×:犠牲にした, ?:未知)
SIPガソリンサロゲートの組成を図1に示す。PRFの成分であるイソオクタンとヘプタン (分岐鎖アルカンと直鎖アルカン) にトルエン、ジイソブチレン、メチルシクロヘキサンをそれぞれ、芳香族炭化水素、アルケン、シクロアルカンを代表する成分として加えたものである。反応機構はそれぞれの純化合物の着火遅れ時間と層流燃焼速度を再現するように構築し、サロゲート混合物についても再現することを確認した。反応機構はETBE (エチル-t-ブチルエーテル) およびエタノールを含む燃料にも対応している。参考文献に反応機構の構築と検証、サロゲート燃料を利用した燃焼研究の代表的な例を示した。
サロゲート燃料というと「万能」なものを想像されることも多いようである。万能なサロゲートが容易に実現できないのは、技術的・科学的な知識の不足のみによるわけではない。本稿ではSIPガソリンサロゲートの設計と反応機構の構築の経緯などを、その目的のとらえ方と、あえて「目指さなかった」ものに力点を置いて記すことにした。実は「基礎研究用(サロゲート)」という用語は今回、初めて使った。この編集部からいただいた仮題を、あえてそのままにしたのは、目的を明確にするためには適格な表現だと思ったからである。