TOP > バックナンバー > Vol.10 No.4 > 3 スーパーリーンバーンエンジンの実現とそれを支える要素研究
戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的燃焼技術」(2014~2018年度)では、ガソリンエンジンにおける熱効率を従来のエンジンよりも10%以上向上させる技術を開発・実証し、同プロジェクトを成功裏に終えることができた。この中核となった技術は、スーパーリーンバーン(超希薄燃焼)による低温燃焼の実現である。本報告では、このプロジェクトで研究・開発が進められたスーパーリーンバーン技術について解説するとともに、その開発を支えた各要素研究の成果の一部について紹介する。
自動車における燃費改善は従来から精力的に取り組まれてきたが、近年の気候変動対策のためのCO2削減、また、エネルギーセキュリティへの対応などから、その燃費改善に対する要求は日々高まり続けており、エンジン開発においても熱効率の向上が急務となっている。そのような中日本では、エンジンの熱効率を飛躍的に向上させることを目的としたエンジン研究開発の一大国家プロジェクト、戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「革新的燃焼技術」が2014~2018年度の5年間の間に実施された。このプロジェクトでは、エンジン研究開発の主な対象として、ガソリン燃焼、ディーゼル燃焼、損失低減、エンジン制御技術の4テーマを掲げ、筆者がかかわったガソリン燃焼チームだけでも22大学(28クラスター(研究室))が参画し、熱効率向上を目指した様々な研究に取り組んだ(3-1、3-2)。その結果、従来のガソリンエンジンでの熱効率(正味熱効率)は最高でも40%程度であったものを、このプロジェクトでは50%以上にまで引き上げることに成功した。この飛躍的な熱効率の向上を可能にしたのは、ガソリン燃焼チームでの研究開発の核となったコンセプト「スーパーリーンバーン(超希薄燃焼)」であり、その実現のために取り組まれた様々な要素技術の研究の賜物である。ここでは、スーパーリーンバーンの実現のために取り組んだ要素技術開発のための一部の例(主に点火および流動に関する研究開発)を紹介する。
従来のガソリンエンジンでは、燃料と空気の比率を理論空燃比で燃焼させることが殆どであるが、この燃焼では燃焼ガスが高温となり、燃焼室壁面を介して熱収支で約30%の熱エネルギーが逃げることとなる(冷却損失)。そこで、これまでにないほど希薄な混合気条件(空気過剰率λ > 2.0)で燃焼させて燃焼ガスの温度を可能な限り低くし、冷却損失を大幅に低減させることで相対的に熱効率を向上させることがスーパーリーンバーン(超希薄燃焼)のコンセプトである(図3-1)。しかし従来、超希薄な混合気条件下では着火性や火炎伝播性が低下しサイクル毎の燃焼も不安定となることから、エンジンとして安定に作動させることが基本的には困難であった。そこで当プロジェクトではスーパーリーンバーン実現のために、図3-2のようなエンジン内の高度な燃焼制御技術、すなわち超希薄な混合気に対し、②燃焼室内に強いタンブル流動を形成、③火炎核を安定して形成できる強力・最適点火、④→⑥火炎核の多点形成と安定した火炎伝播による燃焼期間の短縮、⑦低温燃焼による燃焼室壁面からの冷損失低減、⑧ノッキング発生の抑制・制御による燃焼時期の最適化を念頭に各研究を進めた。以下には、その一部を紹介する。
スーパーリーンバーンでは、従来通りの点火では十分な火炎核の形成を行うことができず、安定した混合気の着火や火炎伝播を実現させることは難しい。そこで当プロジェクトでは、複数の点火コイルを連結させた強力点火システム(図3-3)を構築し、点火のための放電エネルギーを強化した(3-3、3-4)。図3-4は、SIPで試作されたエンジンに対し、強力点火システムや、その他幾つかの要素技術を組み込んだ試験によるリーン限界の拡大の様子を示している。図中の線図はサイクル毎の総発熱量のクランク角履歴を複数重ねて表示したものである。強力点火とした場合には、通常点火に比べてリーンな状態でも総発熱量のバラつきが小さい、すなわち安定した燃焼が維持できている様子が分かる。また、タンブル流の強化や電極形状の工夫、複数コイルの時間差放電による放電パターンの調整などで、さらにリーン限界を拡大することも可能であることが分かる。図3-5は今回使用したエンジンと強力点火システムで観察された放電の様子である。放電は開始後から右方向に伸長し、ある時期で吹き消えると共に再びプラグ電極間で放電(再放電)を開始することを繰り返している。これらの現象は、プラグ位置でのガス流動、放電パターン、プラグ形状等が密接にかかわるものであり、また、如何に適切な放電状態を利用できるかが着火やその後の燃焼状態に強く影響する。
Fig.3-5 点火時の放電挙動(2000 rpm, モータリング, WOT)
上述の通り、プラグ位置でのガス流動は着火性やその後の燃焼に強く影響するため、その流動状態について詳細に計測・検討を行った例を示す。図3-6は流動の可視化に用いたレーザ計測システム(高速PIVシステム)であり、クランク角度1deg以下の時間間隔でも連続速度分布計測が可能となっている。計測された瞬時速度分布の様子を図3-7に示す。吸気行程中に強い気流の流入が起こり、それによって縦方向反時計回りの回転流(タンブル流)が生じていることが分かる。このタンブル流は圧縮行程から点火までの間にも存在し、その挙動はサイクル毎で異なり(サイクル間変動)、さらにその変動要因についても解明が進んでいる(3-5、3-6)。このような流動変動は先述の放電挙動とも密接に関係があることは自明であり、流動の特徴・現象を理解した上で、如何に適切に利用・制御できるかが、安定した着火や燃焼を実現するための一つの鍵になる。
Fig.3-7 高速PIVによる筒内速度分布
(2000 rpm, モータリング, WOT)
内燃機関(エンジン)開発は、今回のスーパーリーンバーンのように、従来にない革新的な技術開発が求められる時代となっており、こういった技術を創出するためには、詳細な現象の理解に基づく開発検討が重要となってくる。今回、SIP「革新的燃焼技術」ガソリン燃焼チームの研究開発コンセプト「スーパーリーンバーン」とそれにかかわる幾つかの要素技術研究について紹介したが、このSIPプロジェクトではそのほかにも非常に多くの有用な研究成果が得られており(3-1、3-2)、それらの知見や技術は将来のエンジン開発を進める上で大いに役立つものと期待される。