TOP > バックナンバー > Vol.10 No.4 > 5 スーパーリーンバーンと筒内水噴射の融合が示した超高熱効率ガソリンエンジンの可能性
50%を超える高熱効率の実現を目指し、空気過剰率λ≈2の超希薄燃焼ガソリンエンジンに筒内水噴射を適用した。超希薄燃焼においても燃焼を悪化させることなく水の冷却効果を引き出すために、ここではピストン表面付近に水を噴射して水蒸気層を形成する「層状水蒸気遮熱」を提案した。水噴射時期の影響を調べた結果、圧縮行程前半に水を噴射することでピストン表面付近に水を分布させることが可能となり、燃焼安定性を保ちつつ水噴射によるノッキング抑制・冷却損失低減効果を得られることが明らかとなった。また0.5Lクラスの単気筒エンジン試験にて高圧縮比化と水噴射時期・量の最適化を行い、最終的には圧縮比17、λ=1.9においてグロス図示熱効率52.6%を達成した。
超希薄燃焼ガソリンエンジンにおいては低温燃焼による冷却損失の低下に伴って熱効率の大幅な向上が期待されるものの、依然として15~20%程のエネルギーは冷却損失として失われる。また超希薄燃焼においても、特に高負荷領域においてはノッキングが発生し、熱効率向上の妨げとなる。ガソリンエンジンの効果的なノッキング抑制・冷却損失低減手法として、水噴射が以前より研究されている。これは水の蒸発によって筒内ガス温度を低下させ、ノッキングと冷却損失の低減を図るものであり、主に理論空燃比(λ=1)を対象として水を吸気ポートより噴射する形式で行われてきた。本稿では水噴射を超希薄燃焼ガソリンエンジンに適用し、更なる熱効率向上を目指した事例を紹介する。
上述のように従来のガソリンエンジン水噴射の多くは、水を吸気ポートより噴射する形式であり(5-1)、この場合空気・燃料の混合気は比較的均一に冷却される。しかし混合気への水の均一添加によって燃焼速度は大きく低下するため(5-2)、超希薄燃焼においては燃焼不安定性の増加が懸念される。そこで本研究では図5-1に示すように、水を筒内に直接噴射し、点火プラグ近傍を避けてピストン表面付近に水蒸気を集中的に分布させる「層状水蒸気遮熱」を提案した(5-3、5-4)。これによりスーパーリーンにおいても燃焼を悪化させることなく水の冷却効果を得られ、またピストン近くの未燃領域で多く発生するノッキングとピストン表面から外部への大きな冷却損失を効果的に低減できると期待される。
本研究では筒内水分布が熱効率向上の大きな鍵を握るが、これは水噴射時期によって制御することが可能である。図5-2は可視化エンジンにて計測した、筒内水噴霧挙動を捉えた動画である。上死点前150deg(-150deg.ATDC)に水噴射した場合、水は時計回りのタンブル流に乗って吸気側からピストン表面近くに輸送され、成層化される様子が確認できる。一方で-60deg.ATDC噴射の場合は水の一部が点火プラグ近傍に分布し、0deg.ATDC噴射では燃焼後期でも水が一部蒸発せずに残る。実際の単気筒エンジン試験においても、-150deg.ATDC噴射の場合は燃焼安定性を保ちつつノック・冷却損失低減効果が得られ、熱効率が上昇する。これに対し-60deg.ATDC噴射では燃焼の悪化、0deg.ATDC噴射ではノックの増加によって熱効率の向上は見られない。
Fig.5-2 水噴射時期(SOIw)が水噴霧分布に与える影響(可視化エンジンにて計測)
上述の結果を基に、0.5Lクラスの単気筒エンジンにて更なる水噴射条件の最適化を行うことで熱効率の向上を図った。図5-3にその結果を示す。圧縮比15、λ=1.9にて水噴射時期を-120deg.ATDCとし、燃料質量比(W/F)39%まで水噴射量を増加させることにより、ノック発生率と燃焼変動率(COV、低いほど燃焼安定性が良い)を5%以下に抑えた状態でグロス図示熱効率(機械損失やポンプ損失を含まない効率)が48.7から50.2%まで上昇した。ここで更に圧縮比を17まで増加させたところ、W/F=50%の水を噴射することで、ノック発生率とCOVを5%以下に抑えた状態で、グロス図示熱効率を最大52.6%まで上昇させることに成功した(5-4)。これは0.5Lクラスのガソリンエンジンとしては世界最高水準の熱効率となる。
本稿ではλ≈2の超希薄燃焼ガソリンエンジンに筒内水噴射を適用した事例を紹介した。高圧縮比と組み合わせることで、図示熱効率は0.5Lクラスとしては世界最高水準となる52.6%に達し、次世代の超高熱効率ガソリンエンジンの1つの可能性を示したと言える。本研究開始当初は懸念された通り、水噴射によって超希薄燃焼の不安定性が増し、十分な効果は得られなかった。しかしSIPプロジェクト終盤にベースの超希薄燃焼の安定性が大きく向上し、水噴射条件の拡大が可能となったことが本研究のターニングポイントとなった。プロジェクトの様々な技術が噛み合い、SIP終了前1ヵ月程の間に各種条件の最適化が進む中で熱効率は急激に上昇し、最終的に目標を突破したときの感動は今でも記憶に新しい。