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Vol.10 No.4

4 μPIVが明らかにしたSIエンジン内の速度境界層
Micro PIV investigation of characteristics of velocity boundary layer in SI engines
志村 祐康
Masayasu SHIMURA
東京工業大学
Tokyo Institute of Technology

アブストラクト:

 内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)に採択された「革新的燃焼技術」のガソリンチームでは、希薄燃焼によるエンジンの高効率化を目標とし、その実現のために高強度のタンブル流が導入された。高強度の流動場により、乱流燃焼速度の向上は見込まれるが、冷却損失やミスファイア・失火等がどのような挙動になるかは明確ではない。ガソリンチームでは、これらの現象を把握する一つの方法にマイクロ粒子画像流速計(µPIV)が用いられた。本稿では、µPIVにより得られた成果の一部、世界で初めて明らかとなったピストントップ中央部における速度境界層の特性について紹介する。

1 エンジン技術開発に向けた現象の把握
1.1 希薄燃焼実現に向けたタンブル流の強化

 内燃機関、火花点火ガソリンエンジンの熱効率向上のために、SIP革新的燃焼技術ガソリンチームでは、超希薄燃焼の実現が一つの目標とされた。燃料と空気の均一混合が仮定された場合、燃料の希薄化により層流燃焼速度は低下する。適切なクランク角の範囲で燃焼を十分完了させるには対策が必要である。その方法の一つに、流動強化が挙げられる。これは乱流強度を増加させ、適切な乱流燃焼速度を得ることに貢献するとともに、放電経路を引き延ばし、着火領域を増大させる。図4-1はガソリンチームの可視化エンジンでシリンダ側から高速撮影された自発光動画を示している。動画の左側が吸気バルブ側に対応しており、タンブル流は、画像上で時計回りに形成される。タンブル流により放電経路が引き延ばされ、火炎の自発光が吸気側に時計周りに移流され、燃焼反応が進んでいくことが分かる。

Fig.4-1 SIP革新的燃焼技術ガソリンチームの可視化エンジンにおける2000rpm、当量比0.8での自発光動画
(計測速度:24,000 frame/s)。動画の左側:吸気、右側:排気。

1.2 エンジン筒内で形成される速度境界層の特性は?

 流動強化は必ずしも利点ばかりがあるわけではなく、一つの懸念点としては、冷却損失が増大する可能性がある。筒内ガス温度が壁面温度より高くなれば、壁面から熱が失われることになるが、壁面近傍のガス温度分布は、火炎がどこまで壁面に近寄れるかも含め、流動によって大きく影響を受ける。筒内壁面全域で一様に乱流境界層を仮定することが可能で、さらに同じタイミングで火炎が壁面に衝突するのであれば、冷却損失の予測は比較的行いやすいかもしれない。しかし、エンジン筒内の流動は時間的に複雑に変化し、その中で図4-1の動画のように火炎が発達していくなら、壁近くの流動だけでなく壁面に近づく火炎の微細な構造も時間的に変化すると予測され、それらの詳細な特性を明らかにすることがエンジンの熱伝達特性の解明には必要である。流動特性は、これまでに熱線流速計やレーザ・ドップラー流速計により検討され、獲得された知見はエンジン技術の発達に大きく貢献してきた。高い分解能で空間的に速度を取得することで、更なる速度境界層の特性の獲得が期待される。粒子画像流速計(PIV)は空間的な速度計測に有効であり、SIP革新的燃焼技術ガソリンチームでは、冷却損失低減の第一歩として、速度境界層の特性の把握が進められた。

1.3 エンジン筒内におけるµPIV計測

 これまでもPIVはエンジンに適用され、特にバルクの流動特性が検討されてきた(4-1)図4-2 (a)の動画はエンジンシリンダ側面から撮影した粒子画像の一例を示しており、このような粒子の移動から流体の速度の空間分布が獲得可能である。さらに、近年ではPIVによってエンジンシリンダ内部の速度境界層の特性の把握が進められており(4-2、4-3、4-4)、2010年代になり、望遠顕微鏡を用いた高い空間分解能のPIV(µPIV)と粒子追跡速度計測法(PTV)のハイブリッド計測が壁面近傍の流動計測に適用され、特にエンジン回転数が1100回転程度までのペントルーフ壁面近傍での流動特性が検討されてきた(4-3、4-4)。SIPガソリンチームでは、タンブル流の強化が筒内流動や速度境界層に与える影響を明らかにするためにµPIVを実施した。図4-2 (b)は計測装置の模式図と写真を示している。従来のエンジン内のµPIV(4-3、4-4)と同様に望遠顕微鏡(Quester, QM100)を用いているが、本研究では、最初のステップとして高い空間分解能とダイナミックレンジを得るため、敢えて時系列計測を捨てて高解像度のCCDカメラを採用している。本稿では、ガソリンチームの共用エンジンを対象にエンジン回転数が2000回転の条件で、ピストントップ近傍を対象としたµPIVで得られた成果(4-5)について紹介する。計測領域は図4-2 (a)中に黄色の四角で示されている。

Fig.4-2 (a) 高速粒子画像流速計(PIV)の粒子画像例。ガラスシリンダー(内径75 mm)の側面からの撮影。黄色の四角は、点火点近傍及びピストントップ中央部におけるµPIVのおおよその計測領域(約3mm四方の領域)。µPIVは低繰り返し周波数で実施。動画の左側:排気、右側:吸気。

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1.4 ピストントップ中央部における速度境界層特性 ~層流でも完全発達した乱流でもない~

 図4-3はピストントップ中央部でµPIVにより得られた平均速度場を、ブラジウスの解と乱流境界層にフィッティングした分布として示している。図4-3 (a)は、圧縮上死点を360クランク角度(CAD)としたときに340CADの分布を示しているが、乱流境界層の速度分布より寧ろブラジウス解によく合う状況があることが世界で初めて明らかになった。しかし、ここでは示していないが、速度変動は決して小さくはなく、また、より上死点に近いクランク角度において平均速度分布はブラジウス解から外れ(図4-3 (b)参照)、乱流境界層分布に近づく傾向があった5)。従来、エンジン内の壁面近傍の流動特性は発達した壁乱流に従うと考えられてきたが、得られた結果から、速度境界層が層流でも完全発達した乱流でもないことが明らかにされた。これらの結果は、冷却損失低減技術の考案や数値シミュレーションの伝熱モデルの開発に貢献している。

2 おわりに

 ここではμPIVにより得られた壁面近傍の流動特性を紹介した。非燃焼時の計測ではあるが、その流動特性は壁面に火炎が近づく挙動にも関係する。今後、火炎構造と流動の高い時間・空間分解能での計測が期待される。μPIVをはじめ、エンジン内で複雑に絡み合う諸現象を解き明かす計測技術は、これからもエンジン開発の礎となるだろう。最後に、著者はSIP革新的燃焼技術で初めてエンジンでのレーザ計測に携わらせて頂いた。新参者が複雑なエンジンを対象に最初から十分な計測ができる訳はなく、もちろん今後も計測技術の醸成は必要不可欠であるが、研究プロジェクトに参画された産学の研究者及び学生の方々との議論や協力によりこの計測が成り立ち、また、多くの課題を乗り越えるのに十分な時間を与えて頂いた。ここに感謝の意を表します。

【参考文献】
(4-1) 大倉 康裕:エンジン筒内可視化(第1報)-吸気から圧縮行程-、JSAEエンジンレビュー、Vol.7、No.3、p.4-17 (2017)
(4-2) P. H. Pierce, J. B. Ghandhi and J. K. Martin: Near-wall velocity characteristics in valved and ported motored engines. SAE Paper 921052, (1992)
(4-3) A. Y. Alharbi and V. Sick: Investigation of boundary layers in internal combustion engines using a hybrid algorithm of high speed micro-PIV and PTV, Experiments in Fluids, vol. 49, no. 4, pp. 949–959 (2010)
(4-4) C. Jainski, L. Lu, A. Dreizler and V. Sick: High-speed micro particle image velocimetry studies of boundary-layer flows in a direct-injection engine, International Journal of Engine Research, Vol. 14, No. 3, pp. 247-259 (2013)
(4-5) M. Shimura, S. Yoshida, K. Osawa, Y. Minamoto, T. Yokomori, K. Iwamoto, M. Tanahashi and H. Kosaka: Micro particle image velocimetry investigation of near-wall behaviors of tumble enhanced flow in an internal combustion engine, International Journal of Engine Research, ArtN. 146808741877471 (2018)