TOP > バックナンバー > Vol.10 No.6 > 4 未知の超高圧燃料噴射
超高圧燃料噴射グループでは、中低負荷領域におけるディーゼルエンジンの熱効率改向上を目指し、高効率かつ低エミッションな予混合圧縮自己着火(PCCI:Premixed Charge Compression Ignition)燃焼の実現を目指して研究がスタートした。図4-1に燃焼コンセプトを示す。従来のPCCI燃焼では、早期噴射を行いピストンが上死点に到達するまでに燃料と空気の混合気が形成され、自己着火により燃焼させる。しかし急峻な熱発生や、着火時期制御が難しいことが課題である。新燃焼コンセプトにおいては、超高圧燃料噴射により燃料と空気の混合時間を短縮化し、かつ上死点近傍で噴射を多段化させることで、急峻な熱発生を回避し着火時期を制御するPCCI燃焼を提案した。グループ内では、東京工業大学が急速圧縮膨張装置(RCEM:Rapid Compression and Expansion Machine)および単気筒エンジンを用いた超高圧多段燃料噴射の燃焼特性調査および熱効率向上効果の向上を目指し、九州大学(4年目まで)および滋賀県立大学(5年目)が超高圧燃料噴射の基礎的な噴霧特性を調査した。本稿では、中低負荷さらには高負荷領域における超高圧噴射の可能性について述べる。
本グループで用いた超高圧噴射は最大350 MPaという未知の噴射圧力である。これだけの「超」高圧噴射を適用した場合、何が起こるのかは「未知」である。この超高圧噴射による基礎的な噴霧特性の調査から研究はスタートした。図4-2は、RCEMに単噴孔ノズルインジェクタを装着して、燃焼条件における噴霧を撮影したものである。噴射圧力を350 MPaまで上昇させると、上死点噴射にもかかわらず火炎が不輝炎となり、超高圧噴射による混合気の希薄化が確認された。この希薄効果は、定容容器を用いた噴霧観察結果からも明らかになっている(4-1)。超高圧噴射時には、噴霧先端到達距離が大きく上昇し(4-1)、噴霧内当量比が低圧噴射時と比較して減少することが明らかになった(図4-3)。
Fig.4-2 燃料噴射圧力変化時の噴霧火炎動画
RCEMや定容容器の実験結果を受けて、次のステップとして単気筒エンジン試験に移行した。まずはチーム内で定められた負荷ポイントのうち、最も負荷の低い条件(gIMEP 390 kPa、エンジン回転数1500 rpm)において、上死点近傍3段噴射の燃焼実験を行った結果、超高圧噴射時には着火遅れが増大した。つまり本来のコンセプトとして超高圧噴射と多段噴射の組み合わせにより、噴射時期をより上死点に近づけることを挙げていたが、この負荷では超高圧噴射を組み合わせた場合、噴射時期を早めることが適切になってしまった。そこで頭を切り替え、単段噴射条件で噴射圧力と負荷を変化させる実験を行った。その結果、390 kPa gIMEPの条件では、噴射圧350 MPaと上死点近傍単段噴射において、最も熱効率が高くなることが明らかになった(図4-4)(4-2)。
PCCI燃焼の元々の欠点は、着火制御性の悪さからくる運転領域の狭さである。それを克服すべく確立されたコンセプトが、このグループで追い求めた超高圧噴射+上死点近傍多段噴射の燃焼形態である。前節で述べた負荷条件よりも高い条件(gIMEP 550 kPa、エンジン回転数1750 rpm)において、このコンセプトの実証を行った(4-3)。上死点近傍で3段噴射を行い、超高圧化することにより、2段目の噴射までPCCI燃焼を実現することができ、高効率・低エミッション燃焼を実現した(図4-5)。しかし中・低負荷条件における超高圧噴射の導入については、超高圧噴射実現のための燃料ポンプ駆動力が大きすぎることから、プロジェクト後半に見送られることとなった。
チームの目標の一つである高負荷条件(gIMEP 1440 kPa、エンジン回転数2250 rpm)における熱効率50%達成のために、超高圧噴射の有効性について検証した(4-4)。3種類のトロイダル型燃焼室を用いて、噴孔径を変化させた結果、いずれの燃焼室形状、噴孔径においても、噴射圧力の高圧化に伴い、燃焼期間の減少および後燃え期間の減少、熱効率の向上が確認された。特にキャビティ口径の大きい燃焼室形状において、超高圧噴射が熱効率向上に及ぼす効果が最も高いことが実証された(図4-6)。
超高圧噴射は噴霧の希薄化、Smokeの低減に対して大きく効果を持つことが最大の魅力である。しかし噴霧観察の結果からも分かる通り、噴霧先端到達距離が大きすぎることも欠点である。東京工業大学では、超高圧噴射のメリットを活かしつつ、噴霧形状をコントロールできるノズルを考案し、SIP終了後も研究を進めている。図4-7に示したような噴孔がオフセットされて設置されたノズルである。これにより噴霧が非対称な形状となり、エンジン実験において熱効率向上効果が確認されている(4-5)。今後、このノズル導入の効果を様々な条件において検証していく予定である。
ディーゼル燃焼チームでは、エンジン実験環境、実験方法を各大学で共通化することが実施された。リーダ大学をはじめ各大学の先生方、学生さん、多くの皆さんにご助言いただいた。ご協力頂いた皆様に感謝申し上げたい。