TOP > バックナンバー > Vol.11 No.3 > 1 モデルベーストエンジニアリングは五感を生かした設計へと脱皮できるか?

Vol.11 No.3

1 モデルベーストエンジニアリングは五感を生かした設計へと脱皮できるか?
Can model-based engineering break into a design that makes the most of the five senses?
金子 成彦
Shigehiko KANEKO
早稲田大学
WASEDA University

アブストラクト

 最近、設計プロセスの上流工程の設計段階でモデルを作成し、シミュレーションによって設計時のミスで生じる手戻りを大幅に削減することが可能となるモデルベース開発が話題になっている。ここに登場するフロントローディングの考え方は、大まかな設計検討の手段として使うには重宝である。しかし、モデルが経年変化や周囲環境の変化までも織り込み済みでない場合や、細部に宿ることの多い現象の本質を確実にとらえたものでない場合には、モデルの修正と検証が必要である。今後、人間の五感を生かすためには、モデルベーストエンジニアリングを利用する側との対話とフィードバックの継続が肝要である。

SIP革新的燃焼技術制御チームの活動の経緯と今後の展望
はじめに

 筆者は鍛冶屋の家に生まれ、子供のころに鍛造をはじめとする加工のスキルを横目で見てきた。鍛造に適した温度を維持するための燃料となる良質の炭、燃焼温度管理の重要さもなんとなく分かっていた。大学では、卒論配属で設計の研究室に入り、材力、振動、計測制御、流体、熱、の順番で研究テーマに取り組んできた。各研究テーマに共通しているものは、ものづくりやシステムに関する数理モデルである。しかし、設計と加工、材料選択が要であることは子供のころから肌で感じていた。それ以上に、不思議に思っていたことは、音や匂いで状態監視でき、判断できる人間の五感のすごさであった。

振動学から学んだものと運営に生かせたこと

 従事した研究テーマは、流体と構造、熱と音響の連成問題の研究であったが、これらに共通していたものは、質量、運動量、エネルギー保存と境界条件の取り扱いである。そこでは、等価な考え方が主要な役割を担っていた。コンピュータの計算能力が低かった時代には、この考え方が役に立った。また、境界条件の取り扱いは、車両ダイナミクスやロボットアームのような柔軟多関節問題を扱うマルチボディダイナミクスが研究され始めてから意識された。しかしながら、少数自由度に帰着させて物事を単純化して考える古典的な振動学はその役割を終えたわけではなく、物理現象を言葉で分かりやすく説明することに重きが置かれていたため、対話には適していたのである。さて、このような背景を持つ小生が、SIP「革新的燃焼技術」の制御チームのリーダーに選ばれた。このチームは、ガソリンエンジンのシミュレータを作るグループ、PMの排出過程のモデルを作るグループ、ディーゼルエンジンのモデルベースト制御グループに分かれていた。プロジェクトの初めころは、各分野の専門家の間で交わされる会話に登場する用語と概念が良く分らなかったが、半年が経過したころからプロジェクト運営の方向性が見えてきた。

大先達の先生方の経験に支えられて

 プロジェクトを開始するにあたり、エンジンシミュレーションの大先達である先生方を訪問し、モデル作成に対するアドバイスを受けることからスタートした。西脇一宇先生(立命館大)からは、サブモデルの妥当性検証を根気強く実施することの大切さ、脇坂知行先生(岡山大)からは、プロジェクト終了後のソフトの運用に関するアドバイスを頂いた。これを受けて、SIPのエンジンCAEグループの各メンバーにサブモデル解説書を作成して頂くことを提案し、関係者の賛同を得てプログラム作成作業を加速させることができた。また、SIP終了後もCAEソフトの検証を継続しているところである。

モデルベースト制御のエンジンへの適用

 モデルベースト制御の基になっている考え方は、システムダイナミクスである。この方法は、サイバネティクスで有名なノーバート・ウィーナーと一緒にサーボメカニズムについて研究していたジェイ・フォレスターによるもので、彼は、機械システムにとどまることなく、マネージメントや社会システムに適用し、成功を収めた。エンジンのモデルベースト制御では、目標値に追従するように運転したい、また、異常事態が発生しないように、異常事態の発生の予兆をとらえたいというニーズがある。そこで、対象となるシステムに内包されている因果律を数式にして、これを実現するためのフィードフォワード制御を行う。しかし、周囲環境は時々刻々変わるので、数式に含まれるパラメータが変化するため微調整を行う必要がある。これを叶えるためにフィードバック制御と組み合わせて対処する。異常検知に機械学習を利用する例が増えてきたが、教師データの選び方や過学習に注意が必要である。

おわりに

 SIP「革新的燃焼技術」の制御チームの活動の詳細は、自動車技術会誌記事(3-1)と下記の2冊の書籍(3-2,3)を通じて知ることができる。「モデルベースト制御」の書籍は、2020年度計測自動制御学会賞、著述賞に選ばれた。若手の皆様には、五感を生かした手法へとレベルアップさせて頂きたいと願っている。最後に、制御チームの活動にご協力頂いた大学、企業の皆様、活動を支援して頂いたJSTの関係者に感謝いたします。

【参考文献】
(3-1) SIP「革新的燃焼技術」~制御チームの研究内容と成果、金子 成彦、草鹿 仁、山崎 由大、溝渕 泰寛、自動車技術、Vol.73, pp.26-37、2019
(3-2) 基礎からわかる自動車エンジンのシミュレーション(コロナ社、2019年7月)
(3-3) 基礎からわかる自動車エンジンのモデルベースト制御(コロナ社、2019年2月)
【さらに学びたい方へ】
(1) システム・ダイナミックス入門、小玉 陽一、プルーバックス、講談社、1984年
コメント:基礎知識、応用方法、事例に関する説明がわかりやすく解説されている。