TOP > バックナンバー > Vol.11 No.3 > 2 モデルを基盤としたエンジン制御システム、その付加価値と拡張
SIP制御チーム内の一つの制御グループでは、高効率、低公害の可能性を有する次世代燃焼を実現させるための制御システム構築に取り組んだ。次世代燃焼はエンジンの運転条件や気温などの周囲環境の変化に対し敏感に反応し、思い通りの着火、燃焼の維持が難しい。いわゆるMAP制御では、次世代燃焼は従来燃焼よりも高解像度の制御MAPが求められ、事前の実験数が膨大となり現実的ではない。そこで、モデルを活用し、オンボードでその瞬間の状態を考慮した計算の実行により制御するモデルベースト制御システムを検討することとなった。本稿では構築した制御システムに加え、プロジェクトを通じて感じたモデルの持つ意義についても紹介する。
エンジンの燃焼現象は、化学反応、流体、熱の現象が複雑に絡み合うが、燃焼のモデルベースト制御においては、オンボードでエンジンのサイクル程度の時間オーダーで計算を実行し操作量を導出する計算負荷の低いモデルが要求される。したがって、モデルが予測したい現象を支配するエッセンスのみを抽出したモデル化が必要となる。汎用性を向上させるために可能な限り物理に基づきつつも、制御に必要な情報だけを高速で求めるにあたって、図2-1に示すようなサイクルの特徴的な点の状態だけを計算(2-1)していく、燃焼制御モデルを構築した。これは、現象の本質を見極め、数式で表現するといった力が活かされ、試される課題だったとも言える。
構築した制御モデルは燃焼予測モデルとも言え、燃料の噴射時期や回転数などの運転条件を入力すると、燃焼時の圧力や熱発生率の特徴点を出力するモデルである。制御に利用するためには、この逆系(y=f(x)→x=f -1 (y))を求めて、熱発生率のピーク時期などの燃焼の目標値を与えることで、噴射時期などの操作量が得られることとなる(フィードフォワード制御器)。一方で、モデルを完全に実機の燃焼と一致させることは難しく、何らかの補正が必要となる(フィードバック制御器)。このフィードバック制御器設計でも、制御モデルの利用により容易に様々な制御理論の適用が可能となった。
Fig.2-3 制御試験結果(MAP制御vsモデルベースト制御)(動画)
(※高効率と低公害を実現できる多段噴射予混合型ディーゼル燃焼だが、急峻すぎる燃焼によって騒音が大きくなるため、燃焼を2段階(2山の熱発生)に分け、ノイズキャンセリングの要領で1段目の燃焼で発生する圧力波を、2段目の燃焼で発生する圧力波で打ち消すことを狙うコンセプト(2-3)で、適切な2段階の燃焼を実現することが制御のタスクである)
モデルベースで構築した燃焼制御システムの有効性を実機での制御試験で実証図2-3(動画)したが、モデルの果たす役割は、現象予測や制御利用に留まらないことを実感した。制御グループでは、エンジン燃焼研究の経験のある研究者と、これまでエンジン燃焼を扱ったことのない制御の研究者が協力して研究を実施した。ここで、重要な役割を果たしたのが制御モデルであった。両者の間では、「制御」という言葉一つとっても定義が異なっており、話が伝わらない、理解できないということが当初あった。しかし、数式で記述されたモデルを介して議論を進めることで意思疎通が円滑になり一つの制御システムにまでまとめ上げることが可能となった。
SIPで構築した制御システムは、高効率、低公害な次世代燃焼の導入によって車両自体の燃費、排気性能の向上が期待できる。しかし、構築した制御システムにおいても制御目標値の設定は行う必要がある。ドライバーの特性は様々で一律な目標値設定を行うと性能を出し切れない。そこで、ドライバーの特性(2-4)、またドライバーに影響を及ぼすような信号などの交通インフラや周囲の交通状況なども踏まえて、リアルタイムに目標値設定などを行う仕掛けが必要となる。これには不確定要素の高い人間(ドライバー)の挙動や、世界中から集まる大量のデータを扱うために、AI技術なども活用したシステムへの拡張が必要となる。
SIPでは、物理に基づくエンジンモデルによる制御システムを提案し、その有効性を実証した。路上での更なるCO2低減には、コネクテッドで得られる様々な情報活用が有効で、ここでは、物理ベースでAI技術を組み合わせたモデル、システムが必要となり、現在AICE(自動車用内燃機関技術研究組合)に母体を移し、その活動をしている。また、CO2低減の先にあるカーボンニュートラルの動きも昨今本格化してきている。これまで以上に広い分野の様々な技術、モノ、人の連携、最適化が必要になる。それぞれの分野には、それぞれの文化があり、エッセンスを捉えたモデルは、有機的な連携を導く共通言語として一役買うものとなる、と考える。
その付加価値と拡張