TOP > バックナンバー > Vol.11 No.3 > 3 エンジン制御の根幹を成す筒内現象のモデル化
制御チーム制御グループでは、市街地走行時に生じるエンジンの熱効率低下を防ぐこと、および適合数を低減させることを目的として、ディーゼルエンジンを対象としたモデルベースト制御(以下、MBC)を開発した。当グループは、種々の制御手法を提案したグループ(東京大学、慶應義塾大学、熊本大学、宇都宮大学)、およびフィードフォワード(以下、FF)制御器への指示値を決定するために必要なエンジン筒内の予測モデル(本稿では、筒内の現象を数式化したものをモデルと称す)を開発するグループ(東京大学、上智大学)に大別される。本稿では、後者の筒内を予測するモデルの開発に関する研究成果、および今後の展望について概説する。
MBCの実現には、1サイクル中にECUで筒内の現象を予測し、その結果に基づき、逐次最適な噴射条件の入力が必要である。SIP開始当初は、これまでに報告されたモデルを組み合わせて筒内を予測していた。そのうち、冷却損失に関しては、計算負荷の低減を目的として、運転条件ごとにポリトロープ指数を変えて予測していたものの、その指数は定常運転試験により導出した経験式が用いられてきた。主な理由は、低計算負荷のモデルは予測精度が低かったこと、高精度なモデルは1サイクル中に計算が終了しなかったことが挙げられる。そのため、1サイクル中にECUで計算可能かつ高精度な冷却損失およびポリトロープ指数の予測モデルを開発した。
モデルの開発要件を満たすには、最初に高精度な壁面熱流束の予測モデルの提案が必要である。そのため、エネルギー式と連続の式から、壁面熱流束の予測式を導出した。この式は、3D-CFDでも使用可能な精度を有すものの、境界層内の速度分布の逐次計算が必要であり、高計算負荷である。著者らは、境界層内の速度分布もモデル化(壁面近傍ガス流動の乱れ強さの予測モデル)し、式3-1の予測式を提案した。
式3-1から得られた壁面熱流束の積算値から冷却損失を算出し、熱力学第一法則を用いてポリトロープ指数を予測するモデルを提案した(3-1)。さらに、各モデルを連結し、すべてを計算可能なプログラムを作成した(図3-1)(3-2)。
著者らは、壁面近傍ガス流動の乱れ強さの予測モデル、壁面熱流束の予測モデル、およびポリトロープ指数の予測モデルを提案し、それぞれPIVの測定結果、壁面熱流束の測定結果、および一次元エンジンシミュレーションの結果との比較(3-2)により検証した(図3-2)。その結果、加速や定速時は、壁面熱流束やポリトロープ指数を適切に予測できていた。一方、減速時は、予測値に誤差が生じるものの、燃料がほぼ噴射されないため、FF制御へ大きな影響を及ぼさない。また、本プログラムの計算時間は、ECU(CPU 240 MHz と仮定)を用いて253μsと見積もられ、1サイクル中に計算が完了すると推測されたため、FF制御器へ実装した。
東京大学が構築してきたFF制御器に、著者らが提案したポリトロープ指数予測モデルを実装し、実機にて定常および過渡運転性能を検証した。図3-3および図3-4に、AICE評価走行モードにおける過渡運転時の結果を示す(3-3)。図3-3には、著者らが提案したモデルの予測結果、東京大学が定常運転試験より導出した経験式、および実験値(筒内圧力から算出)を併記した。モデルにて予測したポリトロープ指数は、経験式と比較して、概ね同等の予測結果を示していた。ただし、実験値と比較すると異なる傾向を示している運転領域も見受けられる。以上より、更なるモデルの高精度化は必要であるものの、経験式の代わりとしてのモデルの有用性が示された。
Fig.3-4 提案した予測モデルをフィードフォワード制御器に組み込み過渡運転時に適用した場合の筒内圧力および熱発生率の結果(右図の黒い実線が予測モデルにより制御した結果、赤い破線が経験式により制御した結果)
SIP開始前は、企業間や大学間の連携は希薄であり、1企業と1研究室間の共同研究が実施されてきた。それに対し、SIP開始後は、企業間や大学間の連携が密となり、産産学学連携の基礎が作り上げられた。これにより大学では、数値目標とそれを達成するための方策を常に立案すること、安全に対する意識が変化したこと、学生の育成が促進されたことなどの変化が現れた。研究に携わった関係各位に、心より感謝を申し上げる。一方、SIP終了後は、AICEプロジェクト研究にて、冷却水のモデル化に着手し始めた。今後は、筒内の予測モデルと、冷却水の予測モデルを合わせた熱マネジメントモデルの構築とその制御に寄与したいと考えている。