TOP > バックナンバー > Vol.11 No.3 > 5 燃焼解析ソフトウェアHINOCAにおける燃料噴霧解析手法
SIP「革新的燃焼技術」制御チーム(代表:金子 成彦、現早稲田大学教授)CAEグループでは、JAXA(宇宙航空研究開発機構)を中心に3D燃焼解析ソフトウェアHINOCAの開発を行った。ソフトウェア開発は、現象ごとに各大学、研究機関で分担担当されたが、本稿では、担当した自由噴霧にかかわる燃料噴霧の物理、数値モデルの概略と計算事例を紹介する。
燃料噴霧の現象を数値解析するには、気液二相間の質量、運動量、エネルギーの受け渡しである相互相関と噴霧の微粒化過程に関する①噴孔内部の燃料状況を加味した流出条件、②液柱・液滴の運動、③液柱(一次)分裂、④液滴(二次)分裂・合体、⑤液滴蒸発、⑥燃料蒸気‐空気(乱流)混合、など燃料が液体から気体へと変化していく過程を再現できるようにしなければならない。基本的には、これらの物理現象を統一的に表現することのできる物理モデルはなく、それぞれの現象を個別の物理モデルで表現し、定式化することで数値解析に用いることができる数値モデルにしている。 燃料噴霧の物理モデルの概念図を図5-1に示す。
HINOCAの噴霧プログラムは、JAXAが担当したCFDプラットホーム上にサブモデルの形で実装されている。燃料液体と気液相関の数値モデルには離散液滴モデル(DDM)を用いている。これは、様々な商用ソフトにおいて採用されている手法で、エンジン内の噴霧・混合気形成を予測する上で最も一般的であると考え、HINOCAでも採用している。DDMは、パーセルと呼ばれる液滴個数に関する確率密度関数の離散化から求められる同一液滴径、速度、位置、温度となる液滴のグループ化と、このパーセルをポイントソースとして気相方程式に気液間の質量、運動量、エネルギー保存が成立するように相互干渉項として組み込む、二つの数値モデルによって構成されている。 HINOCAに組み込んである噴霧モデルの一覧を表5-1に示す。各現象に対して、最も一般的と考えられる数値モデル(既存モデル)を組み込み、SIP内にて新たに提案された数値モデルも実装されている。
蒸発噴霧は、上に示した数値モデル群を総合的に評価できるため、最終的なモデルの検証対象とした。各数値モデルについては、①噴霧の前に単一液滴によって多成分系の液滴蒸発モデルと物性推算法を、②非蒸発噴霧において液滴分裂モデルであるKH-RT(Kelvin-Helmholtz, Rayleigh-Taylor)モデルのモデル定数の効果を検証した。図5-2に燃料混合比を変更した時の単一液滴の蒸発特性を示す。単成分の場合には、蒸発初期に体積膨張による液滴径の増加を生じた後にほぼ直線的に液滴径の二乗が変化していく領域がある。それに対して二成分が混合されると蒸発中に傾きが変化する領域があり、これらを再現することができた。KH-RTモデルのモデル定数を変更したときの噴霧形状の変化を図5-3に示す。B1はKH分裂時間に関する定数、C3はRT分裂径に関する定数である。液滴径がモデル定数によって変化することで、噴霧形状に違いが現れることが確認できた。
Fig.5-3 分裂モデル定数による噴霧形状比較(5-1)
このような個別の数値モデル確認の後、複合的な評価対象として燃料噴霧での検証を行った。図5-4上に蒸発噴霧の液相、気相の実験、計算結果の比較を、下に同一密度場での蒸発・非蒸発噴霧の液相比較を示す。実験は多孔インジェクタを使用し、計算の検証対象には鉛直下向きに噴射される噴霧を選択した。蒸発噴霧は実験結果と良い一致を示している。また、同一密度でも蒸発によって噴霧の半径方向の広がりが抑えられる結果が再現でき、蒸発・非蒸発場の違いでも液滴径の頻度分布形状は変わらないことも予測されている。
Fig.5-4 燃料噴霧の実験・計算比較(5-1)
以上の数値モデル検証を行った上で、エンジンシリンダ内の混合気分布予測を実施した。図5-5に吸排気バルブ間の中心断面での当量比の空間分布の時間変化を示す。点火時期となる上死点近傍になると、シリンダ内はほぼ均質な混合気を形成できていることが予測できた。
Fig.5-5 エンジンシリンダ内混合気形成予測
SIPで担当した燃料噴霧に関する実施内容の概略を紹介した。燃料噴霧計算はほぼすべてがそれぞれの現象ごとの特徴的な部分を抽出した物理、数値モデルによって構成されている。これらのモデルは残念ながらエンジン内で生じているすべての現象を網羅できている訳ではないので、最終的なアウトプットは何か、何のための計算、解析、予測なのかを考えた上で計算を行うことが重要になる。
最後に、HINOCAの基礎部分とプログラムの調整、統括をいただきましたJAXA溝渕 泰寛研究領域主幹と、図5-4に示しました蒸発噴霧に関して共同実施いたしました早稲田大学草鹿 仁教授、周 蓓霓講師に感謝申し上げます。また、本グループの成果は、下記書籍にてまとめてありますので、ご興味のある方はご参考にしていただければと存じます。