TOP > バックナンバー > Vol.11 No.3 > 6 内燃機関の設計計算に適用可能なすす生成予測モデル
SIP革新的燃焼技術・制御チーム PMグループでは、日本大学、岡山大学、北海道大学、明治大学、千葉大学、群馬大学(2チーム)、横浜国立大学および大分大学の協力により、特に直噴ガソリンエンジンの始動時に排出される微粒子の問題を中心としながら、その予測モデル開発に取り組んできた。本稿では特に、日本大学(モデリング)、横浜国立大学(衝撃波管を用いたすす計測実験)、千葉大学(実機エンジンを用いたすす計測実験)および大分大学(モデリング、バーナーを用いたすす計測実験)を中心として行ったモデル開発と検証の結果を紹介する。なお、結果にはSIP後の展開を含み、最後に今後の展望も紹介する。
PMグループにおける共通目標は、「現場の設計計算で使えるモデルを提供しよう」であった。図6-1に、すすの成長過程を示す。燃料が酸化・熱分解した後、多環芳香族炭化水素(PAH)が成長する。成長したPAHはいずれかの大きさの段階で、気相化学種から固体粒子へ変化する。形成された粒子は球形の一次粒子としてしばらく成長した後、ある大きさ以上で衝突すると凝集体を形成し、房状の二次粒子として成長してゆく。
モデルの構築と計算を困難にする要素は大きく2点ある。一つ目は、安定して粒子核が形成されるまでのPAH成長経路を正確に計算するために必要な化学種数が多いことである。二つ目は、図6-1中に示すように、異なる大きさを持つすべての粒子について計算を行うためには、各々の成長速度を記述した無限大数の方程式が必要となることである。
補足:詳細は、さらに学びたい方へに記載した文献を参照してください。
設計計算で活用できるためには、できるだけ計算負荷の小さなモデルが好ましい。そこでPMグループでは、前節の問題に対応するために大きく二つの方針を決定した。なおこの際、すす排出量の定量的な精度よりも、エンジンの運転条件に対する定性的傾向が予測できることを重視することにした。図6-2に提案モデルの概略を示す。
まず、粒子計算についてはモーメント法を適用することにした。粒子モーメントを定義し、モーメント法を図6-1の方程式群に施すことによって、解くべき方程式を有限個数に変換することが可能である。我々は6個のモーメントを採用していることから、粒子計算のために必要な追加の方程式は6個に削減される(要求精度次第だが、3個等も可能)。ただし、結果として粒径分布は計算できず、得られる結果はすすの総質量と総個数となる(粒子密度を仮定すれば平均直径も得られる)。なお、三次元計算の場合には格子ごとにそれらが求められるため、筒内全体で観た場合の粒径分布は評価可能である。
次に、PAH計算の負荷を低減するため、その成長過程にセクショナル法を適用した(6-1)。概略を図6-2に示してある。このPAH成長モデルは、従来100化学種以上で記述されていたPAH成長過程を6化学種で記述できると共に、PAH第1セクションと気相反応機構をリンクする12個の第1セクション前駆体(ベンゼン、トルエン等)が考慮された任意の気相反応モデルと結合できる。著者らは、本PAH成長モデルを三好らが開発したガソリンサロゲート燃料用気相反応モデルと結合し、市販ソルバに含まれるモーメント法を用いて粒子計算を行った。モデルサイズは、後述するエンジン計算で検証した版で、125化学種・479素反応である。なお、モーメント法の計算モジュールはHINOCAにも実装しており、さらなる改良中である。
補足:HINOCAは、SIP革新的燃焼技術の制御チームとガソリン燃焼チームの連携で研究開発された、自動車エンジンの三次元燃焼解析ソフトウェアです(https://www.jst.go.jp/sip/event/k01_hinoca/)。国内の若手研究者がモデル開発を担当しました。現在はAICEと連携して日本自動車研究所が運用支援を担当しており、多くの企業や大学にて使用されはじめています。
実機エンジン内では、流動、燃料噴霧、蒸発、燃料液膜形成、点火、火炎伝ぱなど多くの物理現象が同時に関与しており、すす予測モデルのみを適切評価することは難しい。そこで、PMグループではまず、衝撃波管(0次元)およびバーナー(一次元)を用いた基礎実験結果に対してモデル検証を行った。ここでは衝撃波管に対する検証例を紹介する(6-1~4)。
実験・モデル計算共に燃料として3成分混合ガソリンサロゲート燃料を用いた。反射衝撃波背後の雰囲気初期圧力P50および初期温度T50を変化させ、レーザ消光法によってすす生成量を計測した。数値解析にはANSYS Chemkin-Proを用いた。図6-3に、モデル計算結果を実験結果とともに示す。PS3SMrモデルが提案モデルの結果である。実験、数値計算の詳細は文献に譲るものの、計算結果は実験結果の特徴的な性質であるベル特性、また当量比fに対する傾向を良く再現することが分かる。なお、PS3SMrrモデルは、次節で述べるエンジン計算用に微調整を施したモデルの結果である。
最後に、単気筒エンジンの実験結果に対してモデル検証を行った。供試機関には、4サイクル単気筒直噴ガソリンエンジンを用いた(6-2)。冷間始動条件を模擬するため、冷却水温を8 ℃に保持して実験を行った。燃料噴射は単段とし、吸気行程初期から圧縮行程後期までに噴射時期を変化させて実験を行った。すす排出量の計測には光学式スモークメータを用いた。燃料には3成分ガソリンサロゲート燃料を用いた。数値解析にはANSYS Forteを用い、実測できない境界条件等についてはGT-Powerを用いた一次元計算によって定めた。
図6-4に、計算結果の可視化例を示す。吸気行程早期噴射条件であり、ピストン上に形成された燃料液膜周辺からすすが生成する様子が確認できる。
図6-5に、燃料噴射時期に対するすす排出量実験結果をモデル計算結果とともに示す。ここで、図中に□で示すGSFモデルはSIPで開発したモデルの一つであり、既存モデル(KAUSTモデル)のモデル定数を修正して衝撃波管実験結果の定量的再現性を改善したものである(6-3)。まず実験結果について述べる。図から、実験結果は吸気行程初期および圧縮行程後期の噴射条件において、すす排出量が増加していることが分かる。以降、この傾向をバスタブ特性と呼ぶ。計算結果は、GSFモデルではバスタブ特性が再現できていないものの、PS3SMrモデルはバスタブ特性を良く再現することを示している。さらに、モデル中の粒子表面に対するアセチレン付加反応(粒子成長反応の一つ)の速度定数を微調整することによって、バスタブ特性を維持しながら定量的再現性を向上できることを示した(PS3SMrrモデル)。
なお、GSFモデルではアセチレン付加反応の頻度因子に加え、核形成モデルの速度定数にも調整が行われている。その結果、相対的に小さな粒子が多く形成され、火炎伝ぱ後の再燃焼によって粒子が酸化されることにより、条件によってはバスタブ特性から乖離したものと考えている(6-2)。
Fig.6-4 単気筒エンジン実験に対するモデル計算例
以上本稿では、SIP期間から現在までに取り組んできたすす生成予測モデルの開発と検証の結果を紹介した。ガソリンエンジンのすす排出量予測のためには、多くの物理現象が一定レベル以上に再現されている必要があり、難しい課題の一つと言える。SIP革新的燃焼技術・制御チーム PMグループは、エンジン研究から基礎燃焼研究まで分野の異なる研究者が集まって活動したものの、相互に耳を傾けて風通し良く意見交換できるチームであったことが大変良かったと感じている。現在も、AICEを通じた共同研究としてモデル開発が進んでおり、ガソリンサロゲート燃料にエタノールを混合した条件に対応したモデル(6-4)、さらには粒径分布が予測可能な設計計算用モデルの開発を進めている。
最後になりますが、SIP期間から現在までご尽力いただいた関係の皆様、また研究を支えてくださった学生の皆さんに感謝申し上げます。