TOP > バックナンバー > Vol.12 No.4 > EV蓄電池活用(V2X)の効果的運用と社会実装への展望
将来EVが普及した際には、定置型蓄電池を設置する代わりに、停車中のEVの蓄電池を再生可能エネルギーの平準化等に活用すれば、一定の収益を得られるのではないか、という期待が年々高まっている。これは、V2X(Vehicle to Home/Building/Grid etc.)と呼ばれ(注1)、世界中の様々な研究や実証では非常に多くの成果が得られている。しかしながら、V2Xはコンセプトとして総論賛成とされているものの、実際に機器を導入するための投資判断という各論フェーズになると一歩引いて見られることが多く、なかなか普及が進んでいないのが現状である。それは特に、V2Xの効果の不確実性から、投資の正当性が包括的に理解されていないことが、一因となっていると考えられる。そこで、本稿では、各ユースケースにおいて良く聞かれる疑問点や反論される内容について、その考え方を様々な参考文献を提示するとともに解説していくことで、EVの蓄電池としての有用性と、社会実装への展望に対する理解を進めることとしたい。
近年、自然災害による大規模停電に備えて、BCPとしての蓄電池の設置が望まれるようになってきたが、同時に以下の質問が良く聞かれる。
Q: V2Xは定置蓄電池に対してどれぐらいメリットがあるのか?
停電時の非常用電源(図1)として蓄電池を検討する場合は、電力供給の継続時間を加味した設置容量(kWh)を考える必要がある。大規模な災害時には、停電解消まで3~5日間、長い場合は12日間を要することもあり(1)、例えば、非常時に避難場所となる公共施設等で長期的に電力が必要なケースでは、数十~数百kWhの容量が必要となる場合がある(2)。この容量の定置蓄電池を設置することはコストや設置場所の点で極めて難しい。しかしながら、V2Xであれば容易である。例えば、市民館のような避難所で5日間の運営期間、500kWhが必要なケース(注2)を考えた場合でも、60kWhのEVがのべ10台あれば良く、且つ、そのEVはその地区のどこからでも移動してくれば良い(注3)。このように、EVは非常用電源として各段に優れており、多くの自治体で導入されている(3)。したがって、オフィスや公共施設でV2Xの投資を考えるときには、まずは、非常用電源としての機能を投資対効果の計算に織り込むことを推奨する。ここで、非常用電源の価値、つまり、レジリエンスの効果に幾らの値段がつけられるか、という議論はあるが、例えば参考文献(4)などを参考にされたい。
FIT(Feed in Tariff: 固定価格買取制度)切れPV(photovoltaics:太陽光発電)や、自家消費型PVでは、自家で使い切れない電力(余剰電力)を蓄電池に貯めておいて、発電しない時に放電して無駄なく再エネを消費するという考え方がある。このユースケースにおいては下記のような質問が良く聞かれる。
Q: EVはいつも必ずその場所にあるわけではないので、実際にはあまり活用できないのではないか?
この質問に対しては、再エネが余剰する時間帯と、EVが停車している時間帯を適切に分析することによって、その有効活用率を算出することが必要である。一軒家の屋根上PVについては、晴天時にはほとんどの場合余剰が発生している状態であるため、昼間も家に駐車されて頻繁に充放電ができる環境下のEVが必要である。様々な使われ方のパターンによってどれだけの効果が得られるかのシミュレーションは参考文献(5)を参考にされたい。一方、昼間に稼働するオフィスビル等の場合、図2に示したように、通常、自家消費型PVの発電量に対して、建屋の電力需要は大きいので、余剰が生じるのはほぼ非稼働日に限定される(ハッチング部が非稼働日に余剰する電力)。仮に、200kWのPVを設置した公共施設(稼働日200~400kW, 非稼働日約50kW)を想定して筆者らが計算したところ、10kWのPCS(Power Control System)5台、60kWhのEV5台(非稼働日には使用されない社用車を想定)で余剰電力活用の効果は年間21.4万円程度であった。(計算に使用したデータ、前提については(注4)を参照)
オフィスビルなどの高圧契約の場合、基本料金は電力需要(kW)の30分値の最大値で計算されるので、蓄電池やV2Xを活用してピークをできるだけ抑えることが年間の電気料金削減には非常に効果的である(7)。基本料金を1600円/kW/月と仮定して、10kWのPCSとEV5台でピークカットを実施した場合の年間電力料金削減金額を計算すると、年間96万円もの電気代節約になる(1600円/kW x 50kW x12 months = 960,000円/年)。
Q:建屋のピークカットを目的にEVを使われたら、車として使いたいときに使用できず移動手段としての利便性を損なうのではないか?
この質問のように、上記の効果を得るためには、建屋のピークが出る時間帯に十分に充電されたEVがPCSに接続されていなければならないので、その時間帯にはEVを移動手段として使用できないことになる。そこで、天候や気温、企業活動による設備稼働計画などから、建屋の電力需要のピークが発生する日や時間帯を予測し、EVの拘束時間をできるだけ短期間にする工夫が必要である。図3はピークカットのイメージを実データで図示したものであるが、図2と同様の公共施設の電力需要データを使用して筆者らが実施した試算では、年間365日中16日程度だけEVを活用すれば上記の効果が得られた(注5)。また、一般的に従業員の出社と建屋の電力需要は相関しているので、例えば一定のインセンティブを設定し、ピークカットに従業員のEVを使うことができれば、出社後の駐車しているEVを活用でき、車としての利用とコンフリクトすることはないと考えらえる。
DRは分散電源のひとつとして有力視されており、今後の普及が期待されている(8)。一般送配電事業者が公募の方法で調達する、電源I´(猛暑や厳寒などの需給ひっ迫時の調整力)では、DRによる需要抑制(ネガワット)の参加が2020年の実績で27.4%を占めていた(9)。
Q:利用できる台数やバッテリ残量の不確実性の高いEVの蓄電池を、系統の調整力として本当に使えるのか?
このようなDRや系統の調整力としてEVの充放電を活用する(注7)ためには、適用するEVの日々の使われ方(ある場所に駐車している台数の分布、その時のSOCの分布、それらのEVが次回使用時にどれだけSOCを確保している必要があるか等)を統計的に把握しなければならない。それは、曜日、季節、天候や気温、また、移動距離分布によっても大きく異なり、これらの確率分布と変動要因を統計的に把握し、適切なマージンをもってDRの契約を行うことが必要となる。これには、テレマティクスを用いたEVの使われ方のデータ収集(10)と、データ処理の高度化が必要である。AIなどの先端技術も有効に活用できるであろう。さらに、V2Gに関しては、系統運用者が募集している周波数調整などの市場にEVの蓄電池で参加するという実証が行われており、EV台当たり年間1000ユーロ以上の収益が得られるという報告もある(11,12)が、未だ商用化の事例はない。その理由は、①最小参加容量が大きいこと(例5MW (13))、②周波数調整市場は比較的市場規模が小さく、大量のEVや大型定置用蓄電池が参加することにより競争が激化し将来的には価格が低下してしまうリスクがあること(14)、③V2Gで参加するための標準化などが整備途中であること(15)など様々な問題がある。このように、V2Gの市場に関しては、まだまだ不確実な要素が多々あり、今後の市場の動きや、系統安定化の他のプレイヤーの動向などを注意深く見ていく必要がある。
図4に、前節で述べたV2Xの収支のイメージを示す。PCSの機器代や設置工事の初期投資に対して、上記(1)~(4)のマルチユースを想定することにより、10年以内に収支をプラスにできるような事例も十分考えられる。図4はある仮定(注6)に基づいた一例ではあるが、災害時のBCP対策や、自家消費型再エネの有効活用という名目でのV2Xの導入は、社会的価値が大きい反面、この図のように経済的な投資対効果を説明するのが難しい。また、V2XによるデマンドレスポンスやV2G(調整力)は、将来は系統の安定化において有力なプレイヤーとして期待されているが、現状では不確実性が高く、実際に収益の期待値として投資判断することは難しいと思われる。そこで、今回例で示したように、ピークカットによる電気代の節約効果で投資回収を進めるということを基本コンセプトに置く、つまり、ピークカット効果が高い案件に注力して普及を促進させていくのが良いのではないか。それによってV2Xへの投資が進めば、その付随効果として、余剰電力の有効活用や電力需要の平準化、さらには系統の調整力としての普及が進み、社会全体としてより再エネの投資を増やすという好循環が期待できる。
V2Xは(1)~(4)のマルチユースでの組み合わせにより収益を創出するものであるため、個々のユーザー毎の状況に合わせて、機会とリスクの分析を実施した上での、効率的な導入が求められる。また、これをサスティナブルな事業として発展させていくためには、電力会社、ビルのオーナー、自治体、事業者など、すべてのステークホルダーがwin-winの関係で協働することが必要であり、それぞれが異なった理解をしたままだとなかなか社会実装が進まないということを実感している。本稿が、各ユースケースでの効果や課題の共通理解を進める一助になることを期待している。そして、将来のEVの普及が単なるモビリティーのエネルギーソースの転換のみならず、再生可能エネルギーの普及促進につながる電力系統運営のパラダイムシフトにつながるものであるということを議論していきたい。
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