TOP > バックナンバー > Vol.13 No.5 > システム全体で絞り出したエネルギー
F1のパワーユニットはエンジン・モータ・バッテリ・コントロールユニット等で構成される。
マシンを速く、安定して走らせるには各コンポーネントの出力や効率、耐久性を最大化する事が重要である事は言うまでもないが、これらは更に、レギュレーションのもと互いに複雑に作用し合う。個々の能力が高くとも、使い方、組み合わせ方を誤ると戦闘力を失いLap Time損失に繋がる。
それら、各コンポーネントを制御し、システム全体を最適化するのがエネルギーマネジメント制御の役割であり、パワーユニットの重要な構成要素である。ここでは、エネルギーマネジメント制御や、システム全体が組み合わさった時に持つポテンシャルに着目し、エネルギーを余すことなく絞り出し、弱点を克服出来た事例を紹介する。
前項で示したように、現在のF1レギュレーションはエネルギーに関する様々な規制が導入されており、パワーユニット全体の効率が高いほど、速い車を生み出せる仕組みとなっている。
F1では、得られたエネルギーを使ってMGU-Kを駆動(アシスト)する事をDeploymentと呼び、このDeploymentを如何に最適に、効率良く『Lap Time短縮』や『オーバーテイク(追い越し)』に繋げるか? エネルギーの使い方の考慮が必要となる。
この根幹を司るのがエネルギーマネジメント制御におけるDeployment最適化である。
図1はその基礎となるLap Timeセンシティビティーに関して示した図である。
センシティビティーとは、『使用エネルギーに対して得られるLap Time短縮効果を示す指標』であり、エネルギー使用量が同じでもコーナー立ち上がりでDeployする方(青)が、ストレートの後半でDeployする(赤)よりもLap Time影響が大きい事が分かる。
ほかにも考慮が必要な要素はあるが、一般的に長いストレート初期ほどセンシティビティーは高くなり、ストレート終盤へ向かって低くなる。
この性質を利用して『エネルギーを・どのストレートで・どれくらい使うのが最速か?』を1Lap全体で最適化しながら走行する事がポイントとなる。
前項で記載したように、多くのエネルギーを得る事が、Lap Time短縮に繋がるが、限られた資源の基では、スロットル全開加速中のICEとMGU-Hの出力はトレードオフの関係となるため、闇雲にMGU-Hの回生量を増加させる訳にはいかない。
『加速中のICEやMGU-Hのパワーを損なうことなく、エネルギーをどれだけ回生できるか?』
『回生しきれず、捨てている勿体ないエネルギーをどれだけ減らせるか?』
それは、このレギュレーションにおけるシステム全体の開発ポイントでもあった。
様々な手法が検討されたが、それらは、時にパワーユニットの耐久性に大きな影響を与え、設計コンセプトを大きく変更させる物も多くあった。
動画1はその一例であり、HRCでは、『エキストラハーベスト』と呼ばれるエネルギー回生技術である。今回のレギュレーションの醍醐味である “無制限のMGU-H回生エネルギー”に着目して開発されたものであり、「MGU-Kで得られる減速エネルギーを一度MGU-Hの回転エネルギーに変え、直後にMGU-Hで回生する事でバッテリに充電する」これを、100分の1秒単位で繰り返す。 得られる追加のエネルギーは莫大であったが、ターボシステム駆動系やモータ、バッテリへの負荷が増加し、頻繁に破損やオーバーヒートに繋がった。
性能向上と信頼性向上開発は表裏一体、得られる取り分と課題を明確にし、MGU-Hの軸受け機構耐久性向上、磁気回路の強化とノイズ除去、バッテリ特性の高出力化、協調制御ロジックの最適化、といったように、全領域に改良アイテムを投入し続けた結果、最終的にはこれ以上ラップタイムゲインが得られないような所までシステムを進化させることが出来た。
Movie.1 エキストラハーベスト制御の狙い (制御概要アニメーション)
勿体ないエネルギーは吸気側にも存在していた。図3は「CAC Bypass2」システムと呼ばれていたエネルギーリサイクルシステムであり、文字通り CAC(Charge Air Coolerの略)とエンジンをバイパスしてタービン入口に圧縮空気を送り込むものである。
従来のシステムでは、Throttle Pedal(THP)を全開から戻した際や、パーシャル加速時に生じるコンプレッササージで、ハードウェアを破壊する事象が発生していた。これを回避すべく、POV(ポップ・オフ・バルブ)を使用して、多くのエネルギーをロスしていた。
このバイパスシステムは、過剰になった圧縮空気を排気側へ流し、コンプレッサのサージ回避と同時に、そのエネルギーをタービンで(MGU-Hで)回生するため、それまでロスしていたエネルギーが削減可能となった。
ICE出力とエネルギー取り切りを目指した2021年用パワーユニット開発終盤、ハードウェアFix期限を遥かに過ぎていた時期に、最後の一手としてこのシステムのメリットを実証し、車体側も含めたメンバー全員で目的を再度共有、一致団結して超短期開発を完遂させた。
参戦当初、多くの失敗をし、ドライバーからのコンプレインと『危ない』とまで揶揄されたエネルギー回生システムであったが、弱点を理解し、物事の本質を捉えて一つひとつ課題を明確にし、それを克服するチャレンジを続け、全領域で良いモノを生み出し続けた。結果、現在ではトップクラスのDeployが実現出来ており、チャンピオンシップを戦う上で大きな武器になっている。
大袈裟な言い方にはなるが、F1という世界の舞台で、チャレンジの繰り返しと諦めない心で得た結果が、エンジニアや全メンバーを技術的にも人間的にも成長させる。そして、これらの経験と自覚が、次の新たなステージにおいても、世の中の役に立つ技術を生み出す原動力に繋がれば幸いである。
コメントを書く