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Vol.13 No.5

最終兵器バッテリ
The Battery, Ultimate Weapon
福島 忠広
Tadahiro FUKUSHIMA
株式会社ホンダ・レーシング
Honda Racing Corporation

アブストラクト

 現在のF1パワーユニットは2つのバッテリを搭載したハイブリッドシステムである。電動領域においてマシンをより速く走らせるキーワードは低損失・高効率だ。MGU-K(Motor Generator Unit – Kinetic:F1で規定されている2つのモータのうちドライブトレインと接続されている車体駆動を担当しているモータ) に出力上限値が規定されているため、どれだけ長い時間駆動できるかに掛かっており、そのためには回生したエネルギーを無駄なく出力する必要がある。
 バッテリは回生されたエネルギーを貯めて、必要なタイミングで出力させる高電圧システムの中心的な構成部品であり、高効率なシステムを開発する上で無視できない重要な要素である。ここではバッテリを低抵抗・高効率にしたことで、如何にラップタイムへ還元できたかの事例を紹介する。

高効率バッテリの恩恵と出力の限界への挑戦
高出力化の要求と高効率の旨味

 バッテリを長時間駆動し続ける為に各コンポーネントの開発やエネルギーマネジメントの最適化を通して、電動領域への高出力化要求が高まってきた。特に電動コンポーネントの発熱量はその抵抗Rと流れる電流Iの2乗に比例するため高出力化は発熱問題との戦いだった。この課題を解決するためにバッテリの内部抵抗を下げる手法を検討し、その効果が熱問題を解決するだけではなくラップタイム短縮化に貢献する余剰エネルギーを生み出していることが明らかになった。

 図1はその基礎となるレース1ラップで生み出せる余剰エネルギーをシミュレーションした図である。レースはサーキットを数十ラップ走るため1周のエネルギーバランスを取る必要がある。ここではSOC(State of Charge:バッテリ充電レベル)を60%にバランスさせて1周走らせたベースライン(青)と、低抵抗にしたセルで同じ条件で1周走らせたライン(橙)を示している。走り始めでは差がほとんど現れていないが、徐々に差が認められ、ラップ終了時には明確な余剰エネルギーとなった。このエネルギーをMGU-K駆動等に用いれば、より1周を速く走らせられ、効率的に高出力化が達成できるポテンシャルを秘めている。

高出力低抵抗バッテリセルの自前開発

 前項で示したようにバッテリの高出力化、即ち低抵抗化は更なるエネルギーを絞り出す資源となり、エネルギーマネジメント制御によっては大きなラップタイム短縮化へと繋がる。またレギュレーションによりバッテリの年間使用台数はドライバー当り2基までしか使用できず、少なくとも1シーズンの半分を1基で使う必要もあったことから、信頼性や特に高温条件下の耐久性を達成するために低抵抗/信頼性/耐久性向上に特化した材料選定と小型軽量化を目指したセル設計により自前でセル開発を行った。量産HEV技術で得られたノウハウを元に選定と開発を行った。
 図2は2020~2021前半シーズンで適用していた従来のバッテリセルと2021年第12戦から適用した新バッテリセル(Honda JFセル)の内部抵抗値の変化代をDCIRとして表す.低抵抗化にはCNT(カーボンナノチューブ)を配合させる等で従来比-約40%を達成した。また材料スペックによっては抵抗が高くなることも考えられる信頼性や高温耐久性の向上についてもバッテリセルの構成材料そのものの見直しや、成分最適化を施すことで抵抗の犠牲を伴わずに達成させた。

高出力高効率バッテリの実力

 図3は3種類のバッテリセルについて放電電流の大きさに対する取り出せる容量の変化を示している。横軸のCレートは、放電電流の大きさを定格容量のセルを1時間で放電する電流値に対する比で正規化した値で、容量の異なる電池同士の特性・条件をそろえて比較するのに適している。縦軸は、単一のバッテリセルにおいて種々の放電レート(C Rate)での放電容量を、その使用初期時の定格容量(1C放電時の容量)に対する比で表したものである。大電流で放電するとバッテリセルの内部抵抗によって損失が増加するので放電できる容量が大きく低下する。従って図3では大電流でも容量低下が小さいバッテリセルが損失の少ない低抵抗・高効率なバッテリセルであると言える。
 量産HEV用のバッテリセル(緑)に比べてF1用のバッテリセルは低抵抗であることが分かるが、特に新バッテリセル(赤)は従来のバッテリセル(橙)に比べても高Cレート、大電流領域で容量を維持できており低抵抗に作られていることが分かる。

低抵抗化によるベネフィット

 図4は従来のバッテリセルと開発した新バッテリセルのそれぞれのDCIRを指す。前述した通り年間2基のバッテリを使用可能であるが,仮に1基で全線戦った場合のメリットについても劣化特性から算出した。コース特性によるが初期抵抗(Race 0)の差は最大0.1sec/Lapの効果があった。これはエンジン出力換算で5-10kW相当分のパワーベネフィットに等しい。11戦後には更に+3kW相当、仮に年間1台で全レースを走り切ると10-15kW相当の差になった。
 ここで算出したラップタイムベネフィットは前項で示したバッテリの差であり、ここにエネルギーマネジメント最適化を行うと、更にエネルギーを絞り出して車を速くすることが出来る。高効率化がもたらす恩恵だ。

まとめ

 本稿ではバッテリセルの低抵抗化が、電動領域の高出力化に対応していくとともにラップタイム短縮化に繋がるエネルギーを生み出したことを示した。バッテリそのものがラップタイムに直接影響するなんてなかなか理解されにくい事柄かもしれないが、課題抽出を行って、自分の立ち位置も含めて一つ一つ明確にすることで、限られた時間・リソースの中でやれる事を絞り込み、打ち勝つためのチャレンジを行ってきた。今ではこの技術もラップタイムに影響を与える立派な武器だという認識が広まり、レースを戦う上でも大事な一要素となっている。また本技術はF1だけにとどまらず、カーボンニュートラル技術をモータスポーツ領域から支える技術となることが期待される。

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