アブストラクト
コロナ禍のためままならなかった対面での他大学との共同実験を、2022年度からようやく再開することができるようになった。著者らは自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)と産学共同研究を行っており、そのテーマのひとつにエンジンのサイクル間燃焼変動の抑制がある。サイクル間燃焼変動を抑制するために、吸排気および燃焼のモデル化から、その制御器構築を目指して他大学や企業と協力して研究を行っている。昨年度は、慶應義塾大学(以降 慶大)、熊本大学(以降 熊大)および東京大学(以降 東大)の教員と学生らで、サイクル間燃焼変動の抑制を目的としたモデル、制御器のキャリブレーションのための予備実験を行った。著者はこの共同実験の取りまとめを行い、その活動が評価され2022年度AICE年次大会で活動表彰(1)を受けた。本稿はその活動の概要と、その活動を通じて著者が感じたことを紹介する。
共同実験
研究拠点の背景戦略的イノベーション創造プログラム“革新的燃焼技術”(SIP FY2014-FY2018)(2)の際に、最新の設備を共同で利用できる研究拠点を国内に4か所設置した。東大はそのうちのひとつで、制御システムに関する検討ができる環境を整えた。SIPの活動期間内においては、慶大、熊大、宇都宮大学(以降 宇大)、上智大学と協力し、AICEからの支援も頂き、ディーゼル燃焼チームから提案された新たな燃焼技術に対する、制御システム構築の役割を担った。その成果として、従来のECU(Engine Control Unit)の制御マップを利用した制御ではなく、オンボードで動作するモデルを用いた制御システムを構築した(3)-(7)。熱や燃焼を専門とする研究者と、制御を専門とする研究者がモデルを介して理解を深め、それぞれの得意な分野を活かしてモデルや制御器を構築し、それらを統合して革新的な燃焼の過渡運転に成功した(8)。SIPでは個々の車両自体の制御システム構築、最適化を行ってきたが、SIP終了後もAICEとの共同研究の研究拠点と位置づけ、エンジンのみの車両だけでなく、ハイブリッド車両も対象に、リアルワールドでのドライバー特性、信号や他車両も考慮した制御システムの検討、最適化を行っている。過渡運転対応のエンジンベンチとドライビングシミュレータ、交通流シミュレータなどを連携させたバーチャルなリアルワールド実験設備が拡充され、またSIPの時よりも多くの機関が共同研究へ参加し、人的ネットワークも維持拡大させながら研究を進めている。
サイクル間燃焼変動制御の研究概要AICEとの共同研究の内、著者らが担当しているサイクル間燃焼変動制御について紹介する。ガソリンエンジンにおけるサイクル間の燃焼変動は古くからの課題であり、そのメカニズムについて不明瞭な点もあり、いまだ確立された制御手法もない。そこで、燃焼変動のメカニズムを理解しつつモデルを構築し、そのモデルを用いた制御器構築を目指して研究に取り組んでいる。エンジン燃焼では、様々な因子が複雑に影響することから機械学習の利用を考える一方で、燃焼変動のメカニズムを理解する観点では機械学習は一般的には都合が良くない。そこで、東大ではこれまでに可読性の高い機械学習手法を採用した、燃焼のモデル化に取り組んできた(9)。慶大、熊大、宇大では主に制御器の構築を担当しており、燃焼モデルが完成するまでにも、制御器の検討を進めておく必要があるため、過渡運転時の新気やEGRのオーバーシュート、アンダーシュートを低減するといった、より具体的な課題を設定し、研究を進めてきている。各機関で構築された制御器を統合し、その性能評価試験を東京大学に設置されているガソリンエンジンベンチで行う。また千葉大学は、サイクル変動のそもそも少ない燃焼の探求を行うにあたり、ベンチ設置、運転の情報交換から、実験データの共有などを行っている。この活動において、OEMから試験用エンジンおよび、過渡運転や制御試験に必要なECUのバイパスに関する情報を提供されている。制御試験に当たっては、独自に構築した制御器とECUとの連携が必要で、それにはOEMからの情報提供の協力なく進めることは難しく産学連携の体制は必須となる。
実験概要とデータ取得までの苦労
2022年度に東大のエンジンベンチで行った共同実験は、慶大、熊大、東大の教員および学生で行われた。この実験は、先に吸排気の制御系を検討していた慶大、熊大の制御器のキャリブレーション用のデータ取得を目的とした。具体的な実験内容は、スロットル開度およびEGRバルブ開度をステップ変化させた際の吸排気系の応答の確認である(図2)。図3は実験の際に、ベンチの動作やデータの取得について、著者が他大学の教員、学生に説明を行っている様子である。
実験に先立ち、慶大、熊大、東大およびOEMで、制御器の入出力に利用する変数の検討、確認を重ねた。その結果に基づき、制御で操作対象となるECU内の変数に関する情報は、OEMから提供された。量産型のECUを利用して目的の変数のみをステップ変化させる際には、ECU内で設定されている変数間の制約によって、目的の変数ではないものが同時に変化してしまったり、また目的の変数自体も指示値が反映させられなかったり、などの問題が生じた。OEMから提供されたECU関連の情報にも限りがある中で、取得したいデータを得るための条件設定などに多くの時間を要することとなった。また、SIPでの共同での実験を経験した学生はすでに卒業しており、エンジン自体もSIPで扱ったディーゼルからガソリンに変更していること、コロナ禍で東大単独での装置の稼働率も落ちていたことから、他大学の教員、学生の方にも事故のないようチェックリストを見直し、実験マニュアルの改訂を事前に行った。そのうえで実験の際に他大学の方に、そのマニュアルに基づき操作をしてもらい、分かりづらい点を指摘してもらうことでさらに改定を行った。本マニュアルによって、実務を担う学生の世代交代が早い中でも、次の学生が安全に、確実に実験を実施できるようになった。
AICEの共同研究を通して、他大学の教員、学生および企業の方と議論し、実験を取りまとめた経験は、コロナ禍に入ってから研究活動を始め、このような共同実験や対面での意見交換などの経験が乏しい著者にとっては非常に有意義であった。また、このような機会がなければかかわることがなかった企業の方や他大学の教員、学生の方々が、方法は違っていても同じ目的を持って研究していると実感できたことが自分の研究への刺激となった。著者自身はコロナ禍で外部の方との対面でのやり取りの機会がこれまでなかったことが残念だが、学生としての残りの研究期間では、再開された対面での議論や実験に積極的に参加、主導していきたいと思う。さらに、次の世代の学生にもこのような機会の貴重さ、意義を伝えていける、伝えるべきなのはコロナ禍を経験した著者らの世代であると感じた。
また、産側は実験装置や設備、技術的な面などに精通しており、一方で学側はアイデア出しを担い、得意とするところであり、産側学側お互いの得意な領域をうまく組み合わせることで、研究が前進すると痛感し、産学連携の意味を理解することができた。産学での共同研究が発展していくために、産側と学側、それぞれが自分の優れている部分で惜しみなく力を発揮することが望まれ、著者自身も学の役割として、さらに学生だからこそ出せる新たなアイデアを提案していきたい。
まとめ
AICEとの共同研究において、コロナ禍以降初の共同実験を行った。エンジンのサイクル間の燃焼変動の抑制という目的のために、他大学の教員、学生、および企業の方と連携し、打ち合わせを重ね、実験を行い、結果について議論した。コロナ禍を経験したからこそ協力・連携の価値を一層理解することができた。2022年度は予備実験のみであったが、今後は予備実験の結果を踏まえ制御器を構築し、その検証試験を行うことが目標となる。今後、自らの役割を果たし、このような協力・連携を活かすことで、研究目的の達成、研究のさらなる発展に貢献したいと思う。本活動でご協力いただいたすべての大学、企業の関係者の方々に改めて感謝する。
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