TOP > バックナンバー > Vol.13 No.9 > 複雑なディーゼル燃焼現象をシンプルに描く
簡略的にディーゼル燃焼過程を予測することを目指し、混合気形成から着火燃焼までのモデル化を行った。噴霧発達計算にはMusculusらの一次元モデルを用いるとともに、噴霧が壁面に衝突した後は、噴霧内の分布を確率密度関数(PDF)で記述するとともにその時間変化を二体衝突再分散モデルで混合気分布を予測する。着火遅れの予測にはSchreiberらの5段準総括反応モデルを用い、着火後は平衡組成および温度になるものとして筒内圧力を計算する。これらを組み合わせて構築したモデルによる計算結果について実験の結果と比較し、通常のディーゼル燃焼についてはある程度幅広い回転・負荷領域において予測可能であることを示した。
近年のディーゼル機関では熱効率向上と排気浄化のために様々な燃焼制御が行われている。制御パラメータが多数あるシステムにおいて開発に必要な実験点数を抑えるためには物理モデルに基づくエンジンシステムシミュレーションが有効である。本研究課題ではディーゼル燃焼をできるだけシンプルな手法でモデル化することを試みた。ここでは、図1に示すように燃焼室内における混合気形成および燃焼過程をモデル化する際にその現象に対応して領域分けを行い、それぞれの領域に対してモデル化することを考える。すなわち、燃料噴射から壁面衝突までを噴霧領域、壁面衝突後を衝突後領域、および周囲流体の領域と3分割する。
噴霧領域噴霧領域についてはその発達過程は自由噴霧と同等と考える。実機では噴射を多段化させる場合があり、特に少量噴射の場合は噴射率変化が噴霧発達に大きく影響を与えることが知られている。このことから非定常噴霧発達をある程度予測可能なMusculusらの噴霧モデル(1)を用いる。このモデルでは、噴霧の噴射軸周りの軸対象および各断面における半径方向速度分布と濃度分布の形状およびその相似性を仮定することによって燃料濃度分布の時間変化を捉えることができる。噴霧モデルの概略は図2に示すとおりであり、噴射方向にセル分割する一次元モデルである。噴射する成分は燃料、導入する成分は筒内の噴霧周囲の気体である。
衝突後領域壁面衝突後領域においては噴霧領域とは異なり主流が弱くなり、周囲流体を取り込むよりも領域内で均一化する過程が支配的になるとして、二体衝突再分散モデルにより記述する。すなわち、図3に示すように混合気を等しい質量を持つ多数の混合気塊粒子に分割し、二粒子の衝突時にそれぞれの粒子の物理量を平均化するものとして均一化過程を記述する(2)。ここでは、衝突頻度は乱流エネルギーから決定する。燃焼過程について、着火遅れはSchreibeらの5段準総括反応モデル(3)により推定し、着火後はそれぞれの粒子がその混合気における化学平衡状態になるとして温度を求めるとともに、それらの平均値より筒内圧力を計算する。
実験の予測本モデルの予測精度について検討するために乗用車用ディーゼルエンジンにおける筒内の圧力p および熱発生率dQ/dθのクランク角経過を実験値(Exp.)とあわせて図4に示す。負荷の比較的高い(図中の値はIMEP)(a)および(b)では最初のパイロット噴霧の着火時期は本モデルと実験で概ね等しい。混合律速燃焼が支配的な本条件においてうまく予測できているのは、混合気分布の時間変化を捉えられているためだと考えられる。負荷の低い(c)、(d) について、モデルではパイロット噴射開始後に実験に比べ着火時期を過度に早く見積もっており、またその際の圧力上昇および熱発生率も大きい。一方、メイン噴射後のモデルの熱発生率は実験より小さい。これは、モデルでは着火時期を短く見積もるために、パイロット噴射による燃料がメイン噴射開始前にすでに燃焼しているためである。パイロット噴射により形成される噴霧の着火遅れを精度良く予測できれば熱発生率の予測精度は向上するものと期待でき、今後の検討課題である。
本研究では、シンプルな手法によるディーゼル燃焼モデルの構築を目指し、噴霧発達には一次元噴霧モデルに簡易的な着火燃焼モデルを組み合わせて筒内の圧力変化を計算するモデルを構築した。噴霧が壁面に衝突した後の混合気におけるPDFの時間変化は二体衝突再分散モデルを用いて記述した。その結果、比較的負荷が高い場合には熱発生率も実験値とよく一致する一方、比較的負荷が低いときには着火時期を過度に早く見積もり、その影響を受けてメイン噴射後の熱発生率の予測精度も低い。比較的着火遅れの長い希薄混合気における着火時期の予測精度が重要であることが分かった。本モデルについては現在もAICEとの共同研究の中で幅広い運転条件における精度向上を目指して、開発を継続中である。
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