TOP > バックナンバー > Vol.14 No.2 > 燃焼伝熱機構解明に向けた複合型MEMSセンサの開発
本研究グループは、燃焼室壁面の燃焼伝熱機構を解明するため、MEMS(Micro-Electro-Mechanical Systems)技術を用いた新しいセンサの開発に取り組んでいる。一般に、MEMSセンサは分解能に優れる反面、シリコン基板など脆性材料を基板として用いるため耐久性が懸念される。そこで、内燃機関のような高圧燃焼場に適用可能な金属基板MEMSセンサを開発した。燃焼実験の結果、火炎の接近によりイオン電流と熱流束が上昇し、消炎に伴い減衰することが確認できた。このように、イオン電流と熱流束の同時測定により、センサ単体で、壁面極近傍の火炎挙動が推定できる可能性がある。これにより、可視化なしでイオン電流から火炎挙動を推定し、熱流束との関係を調査することで、燃焼伝熱機構の解明に貢献できるものと期待される。
本研究グループでは、これまでに燃焼伝熱機構の解明に向け、エンジン壁面の瞬時熱流束を測定可能な金属基板MEMSセンサの開発を行い、エンジン壁面の熱伝達特性を調査してきた(1),(2)。瞬時熱流束とそこから推定される流動との関係を明らかにした一方で、燃焼伝熱機構の解明のためには、壁面近傍での燃焼反応を同時に評価し、火炎挙動と熱伝達の関係を明らかにすることも重要である。そこで、これまでの温度センサに加え、火炎反応帯近傍に生じるイオンを計測するイオンプローブを付与した燃焼伝熱研究用MEMSセンサの開発を行った。本稿では、新たに開発した燃焼伝熱研究用センサと現時点までに得られた実験結果を紹介する。
燃焼伝熱研究用MEMSセンサと製作時の苦労 まず、開発した燃焼伝熱研究用MEMSセンサについて説明する。センサは、燃焼容器に導入する場合、設置スペースに限りがあるため、センサの小型化が必要となる。また、取り付けや取り外しが容易に行えるよう、燃焼容器と機械的に接合できる形状であることが求められる。そこで本センサは図1のように、直径7 mmの基板上にフォトレジスト塗布、露光、現像、スパッタリング、リフトオフという一連のMEMS技術を用いて薄膜を形成した。センサボディにはおねじ加工を施し、燃焼容器との接合を可能にした。このプラグ型センサは図1 d)に示すように、一辺330 µmの温度を測定する薄膜測温抵抗体(RTD : Resistance Temperature Detector)を中心に火炎挙動を測定する薄膜イオンプローブ(100 µm, 150 µm)を左右に搭載している。これにより、壁面での熱輸送に加え、壁面極近傍での火炎挙動を同時に評価することを目指している。
図1で示したセンサの製作までには、シリコン基板や金属平板を基板として用いたセンサの開発に取り組んだ(3)。センサはこれまでに基板の形状や材質の異なる三つのセンサを開発した。これらは、一から設計し、すべて自らの手で製作した。特に金属平板のセンサや図1に示しているセンサの製作時には、本センサの膜厚が0.2 µmからなる繊細なものであるため、金属基板の表面に存在する凹凸が影響し、様々なポリッシャー等を用いて研磨したもののセンサ層の断線や基板との導通などの失敗を伴った。しかし、ダメ元で包丁用の砥石を試したところ予想外に良い結果が得られた。このように、諦めずに様々な方法でチャレンジすることでセンサの完成にたどり着くことが出来た。完成するまでには苦労も多かったが、実際にセンサを形にできた時には強い感動を覚えた。この経験から、一から物を製作するというものづくりの醍醐味を知ることが出来たと感じている。
開発したセンサの測定試験を行った。ここでは、燃料にブタン(当量比1)を用いた大気圧燃焼において、火炎が壁面に垂直に衝突するHOQ(Head On Quench)条件で実験を行った。図2にハイスピードカメラ(5000 fps)を用いて撮影した火炎の伝播の様子を示す。また、図3に開発した燃焼伝熱研究用MEMSセンサを用いて計測したイオン電流と熱流束の時系列変化を示す。ここで、図2、図3に示す時刻は、点火信号入力からの時間を示している。図から、イオン電流と熱流束は共に、火炎の接近、すなわち火炎-壁面間距離が短くなると増加することが分かる。その後、イオン電流は電界強度の高い壁面付近にイオンを多く含む火炎反応帯が近づくことで急増し、熱流束も同様に高温の燃焼ガスが壁面に近づき温度勾配が高くなることで増加する。ハイスピードカメラによる撮影画像から判断すると、消炎はイオン電流と熱流束の最大値付近である20.0 ms~20.2 msの間で生じたと推察される。燃焼反応の終了に伴い検出できるイオンが減少するためイオン電流は最大値に達し、立下りを見せる。熱流束も同様に、消炎後立下りを見せることが分かる。ただし、ハイスピードカメラの撮影速度の不足から消炎時刻を明確に決定することは難しく、消炎とイオン電流・熱流束の関係の詳細な調査は今後の課題である。また、消炎後も、既燃部から壁面への熱の流れが存在すると考えられるが、計測された熱流束値は短期間にほぼ0となった。これは、火炎位置を撮影しやすいように奥行き方向に薄い(15 mm)燃焼容器を使用したため、側壁からの冷却が影響した可能性が考えられる。
次に、火炎-壁面間距離とイオン電流および熱流束の関係をまとめたものを図4に示す。ハイスピードカメラによる撮影画像をもとに判断すると、今回の測定条件では火炎-壁面間距離が500 µm程度になるとイオン電流および熱流束が上昇を始める結果となった。その後、火炎は壁面まで280 µm程度まで接近し、それに伴いイオン電流および熱流束も増加している。この様に火炎接近から消炎に至るまでのイオン電流と熱流束の時系列変化を同時に取得することができ、火炎の接近によりイオン電流と熱流束が変化することから、検証段階ではあるが、壁面近傍での火炎の挙動を可視化なしで推定し、火炎の挙動と熱流束の関係を調べることが出来る可能性が示された。
本研究では、燃焼伝熱機構の解明を最終目標として、高圧燃焼場に適用可能な燃焼伝熱研究用MEMSセンサに関する研究を行った。本研究で試作したセンサは、金属を基板とし火炎検出を行う薄膜イオンプローブと壁面温度を測定する薄膜測温抵抗体を集積化した構造となっている。このセンサを用い、燃焼容器内でブタン-空気予混合火炎が壁面に接近する際のイオン電流と熱流束を同時測定した。その結果、火炎の接近とともにイオン電流と熱流束が上昇することを確認した。これにより、可視化なしでイオン電流から火炎-壁面間距離を推定することができ、熱流束との関係調査に利用できる可能性が示された。
最後になりますが、本研究の一部は自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)の支援を受けて実施されました。また、センサ製作では京都大学ナノテクノロジーハブ拠点(文部科学省マテリアル先端リサーチインフラ事業)の支援を受けました。この場をお借りして、ご支援・ご協力いただきました皆様に心より感謝します。ありがとうございました。
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