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Vol.15 No.3

トラックメーカーとしての挑戦(1973-)
Challenges as a truck manufacturer.
吉冨 和宣
Kazunori YOSHITOMI
本誌編集委員/日野自動車株式会社
JSAE ER Editorial Committee / Hino Motors, Ltd.

EFシリーズなどHMMS搭載エンジン 1976(昭和51)年 (図1)

 高度経済成長での大気汚染と石油浪費に対し、政府はディーゼル車に対する初めての窒素酸化物と黒煙の排出ガス規制を行った(1974(昭和49)年)。時代が求める低燃費と低公害の実現に向けた技術陣の終わりなき戦いが始まった。鈴木孝(日野自動車元副社長)は、窒素酸化物と黒煙のトレードオフを打開すべく、世界中の研究所を訪ねる中、オーストリアのAVL研究所のシャイターライン博士の吸入空気ポートの形状が排出ガスに影響するという研究からヒントを見出した。それが、同僚らと4年を掛けて開発した「HMMS (Hino Micro Mixing System)」(図2)である。排出ガス規制をクリアしつつも力強さを失わない画期的なシステムで以後の日野車に搭載された。この技術のエンジンを搭載した車両の一つにバスがある。当時のバスは、骨格と外板をリベットで固定するモノコック構造のため、外板の歪みや多数のリベットが見えて美しい外観とは言い難かった。日野自動車工業のデザイナーや設計者は、当時ヨーロッパで主流だった「スケルトン構造」に注目し、幾度も調査とトライを繰り返し日本初となるスケルトン構造の「RS120P型」(図3)を発表している。

EV700型 1977(昭和52)年 (図4) 日野初のV10

 東名高速道路の開通、北陸道の一部開通など高速道路網の整備が進む中、さらに大量輸送のニーズから40フィート海上コンテナトレーラの牽引というハイパワーなトラクタが求められた。K-HE526(図5)は、新開発の世界最大のV10自然吸気エンジンEV700型を搭載し、トラクタでありながら大型トラック(単車)と同等の余裕の走りを実現した。

EP100型 1981(昭和56)年 (図6) 日本初TIエンジン 展示あり

 ディーゼル車への排出ガス規制が世界で一番厳しいと言われるまでに強化された後、12年ぶりにフルモデルチェンジした1981(昭和56)年発売の大型車「スーパードルフィン」(図7)に搭載された。世界初のダウンサイジングエンジンで、多数の新技術が盛り込まれた。中でも、ディーゼルエンジンでは初の内蔵コンピュータがベストのタイミングで燃料を噴射する燃料噴射時期自動制御装置「ETコントロール」は、「ディーゼルエンジンが頭脳を持った」とのキャッチコピーであった。その他、日本初のインタークーラ付きターボ、世界初のカーブド・インペラ、可変の吸気管長による慣性過給、フリクション低減、車両の空力改善といった技術陣の努力により、「燃料が余る」とうれしい悲鳴があったと語り継がれている。空気抵抗の少ない車体の曲線美からスーパードルフィンと命名された。EP100型は、日本機械学会賞、自動車技術会賞、日本ガスタービン賞といった権威ある賞を総なめにし、米国自動車技術会コルウェル賞を獲得している。エンジン開発に奔走する鈴木孝のもとに、ライバルであるダイムラー・ベンツ社の盟友から「このエンジンには負けた、今度は追いついてみせる」と書かれた手紙が届き、ベンツは数年後にV8エンジンを開発するなど、熾烈な国際競争の幕開けとなった。

HIMR 1991(平成3)年 (図9) 世界初のハイブリッドバス 展示あり(車両)

 ディーゼルエンジンは発進する際にアクセルを踏み込むと黒煙などの排出ガスを多く発生する課題解決のため、発進時のエンジンの負担を電気モータで補い、排出ガスを抑えることを目的に開発された。その走りとなったのは、1977(昭和52)年の電気バス「BT900型」だ。バッテリを3.5トンも搭載しながら航続距離は40~50キロで、電欠の不安が大きく失敗とされた。この失敗で、EV研究は研究課題からも外されてしまった。しかし、当時の技術者であった鈴木孝幸は「必ずEVの時代が来る」の信念に基づき、オイルショックや大気汚染が深刻な社会問題となっていた時代背景を受けて、エンジンをモータで適宜アシスト及び回生する、今でいう「ハイブリッド機構」の研究開発を進めた。超薄型扁平モータの開発、モータアシスト・ブレーキ・回生・発電・スタータを同時制御するインバータの開発は苦難の連続であったが地道に課題解決され、18年の歳月を経て発売された(図8)。その後、現在に至るまでHVシステムは大中小型トラック、観光バスにも展開されている。
 エンジンは路線バス用の直噴エンジンM10U型をベースに、ハイブリッド化したものである。

P11C型 1992(平成4)年 (図10) 部分断熱コンセプト 展示あり

 日経平均株価が1万4309円とピークの4割以下となり、バブル経済の実質的な崩壊を迎え平成不況に突入した翌年、11年ぶりにフルモデルチェンジした「スーパードルフィンプロフィア」の主力機として搭載された。新ターボインタークーラ付きエンジンは、部分断熱コンセプトを実用化するための鋳鉄製ピストンや、排気エネルギーを回収する新開発の斜流タービン式ターボチャージャなどの新技術を採用し、空気抵抗係数を低減した新キャブとの組み合わせ(図11)は、高まる経済性への要求を意識したことが感じられる。快適性や安全性も充実し、「3K」と敬遠されるトラックのイメージ払拭を試みた。この後、コモンレール、EGR(1998(平成10)年)、DPR(2003(平成15)年)を順次採用することで相次ぐ排出ガス規制強化に対応した。このように大幅な改良を経て現在のエンジンに近い形へと発展することができたことは、本エンジンのポテンシャルの高さを示すものといえる。

J08C型 1995(平成7)年 (図12) 世界初コモンレール式 展示あり

 ディーゼル機関におけるコア技術の一つが燃料噴射系であり、本エンジンは日本電装(現デンソー)と1980年より共同研究を進めていたコモンレール式電子制御高圧燃料噴射システムを世界で初めて搭載した。あらかじめ蓄圧された燃料を電磁弁制御によって噴射することで、噴射時期・噴射量・噴射回数などの幅広い制御が可能となり、燃焼騒音低減用のプレ噴射、駆動力を出すための主噴射、後処理フィルタの再生に用いるアフターやポスト噴射などを組わせて、静かでクリーンな運転を実現した。1950年のボンネットトラック・バスより使用してきた「ウィングマーク」に代わり、現在の「H」エンブレムを付けた第一号車である中型トラック「ライジングレンジャー」に搭載された(図13)。以降、コモンレールシステムは、P11C型、K13C型などにも展開され、現在のディーゼルエンジンの中心技術となっている。

パリ・ダカールラリー 1991(平成3)年~ (図14)  展示あり(車両)

 1970年代以降、排出ガス規制は計5回も行われ、国から1989(平成元)年12月「今後10年で、さらに排出ガスを半分に減らす」との発表もあり、エンジン実験部長の茂森政は、若手技術者が先の見えない排出ガス対策に夢を失っていく現状を肌で感じていた。そんな折、偶然目にした写真の「パリ・ダカ―ルラリー」への挑戦に、若手技術者の魂を研鑽する場として賭けてみることを決意した。かつて、第1回日本グランプリ制覇へと導いた鈴木孝と共に50周年事業の目玉として参戦を役員会に上程した。役員会の答えは、「3年以内に優勝できるか?」。「やらせてください」、その後、若手気鋭の技術者10人が集められ、ダイアン・レインを起用したCMでも話題となった「クルージングレンジャー」がパリダカ仕様へと変貌していった。チーム名は「エキップ・カミオン・HINO」。初の参戦で4台中3台が完走して7位、10位、14位という成績を残した。参戦2年目の1992(平成4)年の第14回大会からはドライバーの一人に菅原義正氏を迎えた。ドライバー応募の面接で、皆が上位入賞を語る中、菅原氏だけは「日野から大事な車を預かるから、きちんと完走して車を返します。世界中が注目する中、みっともない姿は見せられません」と語ったことに、市川正和(日野自動車株式会社相談役・元代表取締役会長)は感動した。結果は4台全車完走で、4位、5位、6位、10位と全車がトップ10入りを果たす。バブル崩壊によるチーム解散後は、菅原義正氏のプライベートチームの支援となったが、第16回(1994(平成6)年)と第17回(1995(平成7)年)では2年連続2位、第18回(1996(平成8)年)の大会では排気量10リッター未満クラスで初優勝を果たした。菅原氏の活躍は、技術者のみならず全社員の心を一つにするまたとない目標となった。再びワークスチームとして参戦した1997(平成9)年、第19回大会で「チームレンジャーHINO」はトラック部門で奇跡的とさえいえる1-2-3フィニッシュ(図15)を果たす。現在でも、販売会社の選抜メカニックなどと共に「HINO TEAM SUGAWARA」として、日野グループ一丸となり活動は継続されており、車両は「リトルモンスター」(図16)の愛称で進化を続けている。

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