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Vol.13 No.5

難しかった過給機とMGU-H開発
Difficulties in turbocharger and MGU-H development
乙部 隆志
Takashi OTOBE
株式会社ホンダ・レーシング
Honda Racing Corporation

アブストラクト

 ICEの高効率化、高出力化を達成するために必要な空気流量と過給圧は飛躍的に増加した。 この要求に対応する手段は、ターボチャージャの大型化であり、2016年までV6エンジンのVバンク内に配置されていたコンプレッサをVバンクの前側に配置する必要があった。 この対応に伴い、コンプレッサとタービンをMGU-H(Motor Generator Unit-Heat ; ターボでの排熱回収を主目的とするモータ発電機)を介して接続する軸は大幅に延長され、ローターダイナミクスが新たな課題となった。 我々は、オールホンダのシナジーにより、この技術課題を克服し、コンプレッサ、およびタービンの性能向上と、MGU-Hの高出力化などにより対他競争力を向上させた。

過給機とMGU-Hの耐久信頼性、および性能向上
長軸化したMGU-Hアッシーのローターダイナミクス対応

 前述のように、開発の過程で過給機に求められる圧力比と流量は飛躍的に増加した。 これらの要求を標高の高いサーキットも含め、高い動作点効率で満足させるためには、コンプレッサおよびタービンの回転数アップ、またはインペラ(翼車)の大径化によるインペラ外周速アップが必要になるが、最大回転数がレギュレーションで規制されているため、今回の対応としては、大径化しか選択肢はなかった。 その大径化したコンプレッサをエンジンに搭載するためには、エンジンブロックの前方に配置し、MGU-Hを介して長い軸でタービンと接続する必要があった。(図1参照)

 2017年に採用した長軸化したターボ+MGU-H(以下MGU-Hアッシー)に対して、それまでとほぼ同じ軸受けと軸構造を継続採用した結果、レースでの常用回転数領域に軸挙動が不安定になる危険速度域が存在していた。 テストベンチでの試験では、静的な軸の振れやアンバランス量の調整により、MGU-Hアッシーの軸挙動に大きな問題は発生しなかったため実戦投入を判断した。 しかし、実走現場に於いて不具合が多発し、幾度となくレースをリタイヤする原因になってしまった。 後の解析により、これはテストベンチでは発生しない車体側からの外乱、即ちサーキットのコーナー部分などに設置されている縁石の段差を乗り越える時に発生する振動が、危険速度域で運転中のMGU-Hアッシーの軸振動を増幅させていることが原因だと判明した。この問題の解決に対しては、長軸の航空機用ガスタービンエンジン(図2)の軸振動解析と対応について知見がある社内のエアロエンジンセンター*1に協力を仰いだ。 その結果、軸受けの支持剛性、ベアリングサイズ、潤滑方法、および軸構造が大幅に見直され、図3に示す様にレースでの常用回転数域から危険速度域を外すことに成功し、2018年の第2戦に実戦投入されて以降、同様の不具合発生は皆無になった。

*1 現在の先進パワーユニット・エネルギー研究所 GT開発室

ターボチャージャに対する要求性能への対応

 図4に示す様に、ターボチャージャに求められる要求圧力比と流量は、自動車用ターボチャージャのレベルからガスタービンレベルに上昇していった。 一方で、エンジンの高効率化により排気エネルギー、即ちタービン流入エネルギーは減少するため、図5に示す様に限られたタービン流入エネルギーからより多くのMGU-H回生量を得るには、タービン、およびコンプレッサの効率改善が重要になる。 これらの要求性能を満足させる為に、2019年までのターボチャージャサプライヤーによる技術的サポートから、ホンダジェットの航空機用ガスタービンエンジン技術の導入に踏み切った。

ターボチャージャの開発スピードアップ

 エンジンの燃焼開発が進むとターボチャージャに対する要求性能も変化するため、燃焼開発と同時並行でターボチャージャの開発を進め、開発スピードの向上を図った。 また、物造りの点においてもオールホンダのシナジーを活用し、社内の試作部門の協力により、3Dプリンターによるインコネル製タービンハウジングやMGU-Hハウジング(図6)の製作を可能にすることで大幅に主要部品の納期を短縮した。 これにより、空力設計→CFD→単体性能評価によるフィードバックのループを高速化し、現物による性能、および耐久信頼性の確認をエンジンの燃焼開発と同時期に完了させ、F1パワーユニット開発に求められる時間的な要求に対応した。この結果、図7に示す様に、年々コンプレッサの圧力比の上昇と共に、コンプレッサ、およびタービン効率を向上させ、結果的に回生量も年々増加させることが出来た。

MGU-Hの高出力化

 ターボチャージャ、およびMGU-Hでの回生エネルギー取り切りに向けた展開として図8に示す様に、2019年以降にMGU-Hの高出力化、および高トルク化を推進した。 これは、MGU-K*2と異なりF1レギュレーションにおいて出力制限が無いMGU-Hでの全開加速中の回生量の向上に加え、MGU-Hを介したMGU-Kとバッテリ間のエネルギーの迂回技術であるエキストラハーベストなどによる効果を最大化させるための取り組みでもある。 具体的には、磁束密度の高い磁石の採用、熱伝導率の高い絶縁体の採用によるモータ冷却効率の改善などによりMGU-Hの高出力化、高トルク化を達成し、対他競争力を改善することが出来た。

*2 Motor Generator Unit – Kinematic ; エンジンのクランク軸に機械的に接続され、減速時に車両の運動エネルギーを吸収しバッテリに蓄え、加速時にエンジンをアシストするモータ発電機

まとめ

 過給エンジンにおいて、ターボチャージャはエンジン出力特性を左右する重要な機能部品であり、特に現在のF1レギュレーションでは、エンジンからの排気エネルギーをタービンで吸収し、コンプレッサでの過給仕事とMGU-Hでの回生エネルギーとして使うため、高性能なコンプレッサ、タービン、およびMGU-Hが必要になる。 また、これらのコンポーネントを安定して高回転で運転し続けるためには、MGU-Hアッシーの軸振動特性に関する対応も重要である。 限られた時間でこれらすべての要求性能を高い耐久信頼性と共に満足させることは大きなチャレンジであり、開発サイドのエンジニアにとってF1レースとは技術開発競争そのものである。

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