TOP > バックナンバー > Vol.14 No.2 > 「低温析出型潤滑」による摩擦損失低減
既存の潤滑油中添加剤が不活性となる低温領域で摩擦損失を低減するため、軟質な析出物をしゅう動面に析出させて摩擦を低減する「低温析出型潤滑」を着想した。一方でしゅう動面に生じた析出物による摩擦低減メカニズムは現在まで未解明である。本研究では「反射分光摩擦面その場観察装置」を用いることでしゅう動面の析出物の厚さと材質を摩擦中にその場分析し、摩擦低減メカニズムを明らかにした。軟質な析出物の層がしゅう動面に形成されることで、摩擦材料同士の直接接触が抑制されて摩擦係数を低減することが示唆された。本研究の成果は、析出物を活用した摩擦低減手法の実現を示したという点で学術的および工業的に価値があると考えられる。
自動車エンジンの摩擦損失を低減するため、MoDTC(molybdenum dithiocarbamate)等の摩擦調整剤が潤滑油に添加されている。MoDTCは80 ℃程度の油温で効果的に摩擦を低減する一方、40 ℃以下の温度では摩擦低減効果が弱まる(1)。MoDTCが苦手とする低温領域で境界摩擦を低減する手法として、本研究では軟質な油脂の析出物をしゅう動面に析出させることで摩擦を低減する「低温析出型潤滑」を着想した。一方で従来研究において析出物を含む潤滑油の摩擦低減メカニズムは未解明であり、析出物を活用した潤滑技術の実現性も明らかにされていない。そこで本研究では「反射分光摩擦面その場観察装置」を用いて析出物の摩擦低減メカニズムを明らかにし、「低温析出型潤滑」の実現性を明らかにした。
反射分光摩擦面その場観察本研究では摩擦試験機と光学分析装置である反射分光膜厚計を組合わせた「反射分光摩擦面その場観察装置」を用いてしゅう動面に生じた析出物の摩擦中その場分析を行った(図1)。本手法では透明なサファイアを用いて摩擦試験を行うことで、接触点の可視光の反射率スペクトルを摩擦中に測定する。反射率スペクトルを分析することで、接触点に形成される析出物層および液体油膜層を光学特性(屈折率および消衰係数)から区別し、それぞれの厚さを算出することができる。本手法は二液分離油(2)やエステル混合潤滑油(3)の油膜構造のその場分析に対して有効性が示されており、潤滑油中析出物のその場分析に対しても有効であると考えた。
潤滑油試験片の作成と摩擦特性本研究では高性能エンジン油のベース油に使用されるPAO(ポリ-α-オレフィン)を潤滑油試験片のベース油として用いた。析出物として飽和炭化水素であるパルミチン酸(融点62.9 ℃)を4.2 vol.%添加した。30 ℃、50 ℃および70 ℃と順に昇温して摩擦試験した場合のベース油およびパルミチン酸含有試験片の摩擦係数の推移を図2に示す。パルミチン酸含有試験片の摩擦係数はベース油と比較して、融点以下の50 ℃で10 %および30 ℃で14 %それぞれ減少した。低温ではパルミチン酸の析出量が増加すると考えられる。以上よりしゅう動面に生じた析出物が摩擦低減に寄与することが示唆され、摩擦中に測定した反射率スペクトルを解析することで析出物の状態を明らかにした。
析出物のその場分析の結果と摩擦低減メカニズムPAOとパルミチン酸の光学特性の差異を用いて測定された反射率スペクトルを分析すると、潤滑油温度30 ℃においてしゅう動面に厚さ30 nmの固体パルミチン酸層が形成されたことが明らかになった。これはしゅう動面同士の合成粗さ(4.8 nm)の6倍程度の厚さであり、しゅう動面に存在する突起同士の直接接触を十分に抑制できると考えられる(図3)。パルミチン酸が固体として析出したことでしゅう動面に維持されやすく、動圧によって生じる液体油膜層(9 nm)と比べて厚くなったと考えられる。以上より析出物層の形成が硬質な摩擦材料同士の直接接触抑制に効果的であり、軟質な析出物または液体の油膜層がせん断されることで摩擦係数が減少したと考察される。
本研究では既存の潤滑油中添加剤が不活性となる40 ℃以下の領域で境界摩擦を低減するため、油脂をしゅう動面に析出させて摩擦を低減する「低温析出型潤滑」を着想した。「反射分光摩擦面その場観察装置」を用いることでしゅう動面の析出物の厚さと材質を摩擦中にその場分析した。これより析出物を含む潤滑油の摩擦低減メカニズムを明らかにし、「低温析出型潤滑」の実現性を示した。以上の成果は従来研究の課題を克服するもので学術的および工業的に有意義である。また析出物の摩擦特性に脂肪酸の融点、濃度および冷却速度も影響することが判明しており、低温域~高温域をカバーする潤滑技術の実現には析出型潤滑材のロバスト性向上も望まれる。
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