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Vol.14 No.4

アップコンバージョン型燐光体を利用したエンジン壁面の高速二次元温度計測および熱流束解析
High-Speed Two-Dimensional Temperature Measurement and Heat Flux Analysis of Engine Wall Surface Using Up-conversion Phosphor
中川 和人、横森 剛
Kazuto NAKAGAWA, Takeshi YOKOMORI
慶應義塾大学
Keio University

アブストラクト

 本研究では、エンジン壁面の温度分布と熱流束を非接触・高時間分解能で二次元計測するために、燐光体を用いた温度計測を実施した。赤外線で励起可能なアップコンバージョン型燐光体Y2O3:Yb,Erを用いた2波長強度比法により、可視化エンジン内部のピストン表面の温度分布計測を行った。計測の結果、クランク角0.5°毎での高速時系列壁面温度分布を取得することに成功した。また、この温度データに基づく壁面熱流束分布の解析も可能であることを示した。

エンジン燃焼室内部壁面の温度分布を計測し、熱流束を算出したい
緒言

 現代社会の中で広く使われている内燃機関は、温室効果ガス等による地球環境への影響を低減するために高い熱効率が求められており、高熱効率化のためには壁面からの冷却損失といった熱損失を低減する必要がある。壁面冷却損失の低減を実現するには、そもそもエンジン内部壁面の温度状況やそこからの熱損失の様子を把握することが必要不可欠であり、そこで様々な温度計測法が提案・試行されている。燐光体を利用した二次元温度分布計測法もその一つであるが(1)-(3)、エンジン内部の熱輸送現象と同等な速度での高速時系列計測は実現していない。そこで本研究では、アップコンバージョン型燐光体を利用することで、可視化エンジンのピストン表面における高速二次元温度分布計測を実現し、さらにその時系列温度分布から壁面熱流束分布を算出するにまで至ることが出来たため、本記事にてその内容を紹介する。

実験装置および実験手法

 燐光体を利用した温度計測では、燐光発光の温度依存性を利用する。この計測で利用される燐光体の多くは、紫外線といった短波長光で励起され長波長の燐光を発光する形態が一般的であるが(ダウンコンバージョン型燐光体)、高出力かつ連続的な短波長の励起光源は入手が難しいため、高速時系列での計測には向いていない。そこで本研究では、赤外線で励起され、励起光より短波長側で発光する燐光体(アップコンバージョン型燐光体)に着目した。加工や通信分野などで赤外線レーザが広く利用されていることからも分かるように、赤外線は高出力かつ連続で発振させやすく、高速時系列計測用の励起光源に使用する上で利点が多い。本研究では、計測対象が到達する温度帯において発光強度が大きいという特徴を持つアップコンバージョン型燐光体Y2O3:Yb,Erを使用し、二波長強度比法による温度計測を行った。実験は、SIP革新的燃焼技術にて設計・導入され、現在は自動車用内燃機関技術研究組合(AICE)鴨居分室にて運用されている単気筒可視化エンジンを使用して行った。可視化エンジンおよびその周囲に配置された計測装置の様子を図1に、また計測装置の概略図を図2示す。この実験ではイソオクタンを燃料として使用し、エンジン回転数を1000 rpmとしてエンジンの運転を行った。可視化エンジンのピストンは中央部分に穴が開いており、この部分に燐光体を塗布した石英ガラスをはめ込むことでピストン表面の裏面からの光学的観測が可能となっている。燐光発光を得るために赤外線レーザをピストン表面の燐光体被膜に照射し、2台のハイスピードカメラを使用して燐光発光を527 nmと548 nmの二波長で撮影した。ハイスピードカメラの撮影速度は12 kfpsに設定した。

温度分布計測

 計測した燐光発光の527 nmと548 nmにおける二波長強度比を算出し、事前の計測で取得した校正曲線を元に温度分布を取得した。動画1は空燃比17.5、回転数1000 rpmでの実験における温度分布計測結果であり、クランク角度0.5°ごとの変化の様子を示している。動画1から、火炎が衝突すると壁面温度が上昇する様子が観察でき、さらには火炎が複雑な形状で衝突することが確認できる。

Movie.1 壁面温度分布の変化

熱流束計算

 前項で算出した温度分布データを片側壁面の温度境界条件とした石英ガラス円盤に対する非定常熱伝導解析を行い、そこから得られる固体内部の温度分布データを元に壁面熱流束の算出を行った.その結果を動画2に示す。この結果から、火炎の衝突による温度上昇に追随して熱流束の値が上昇し、その後、低下する様子を見て取ることができる。これは、火炎が通過することで固体表面近傍の温度が急速に上昇し、表面から固体内部へ貫入する熱流束も瞬間的に大きくなるが、その後、固体内部の温度上昇も進行することで内部方向への温度勾配も落ち着き、結果として熱流束が低下していく様子を捉えているものと考えられる。

Movie.2 壁面熱流束分布の変化

まとめ

 本研究では、アップコンバージョン型燐光体であるY2O3:Yb,Erを使用した可視化エンジン内部ピストン表面の温度分布計測を実施し、燐光発光の二次元高速時系列計測を行うことに成功した。計測ではピストン表面に火炎が衝突し、表面温度が上昇する様子をとらえることに成功した。また、得られた温度分布データから熱流束解析を行い、熱流束分布を算出できることを実証した。エンジン内壁面の温度分布を2次元的かつ熱流束計算が可能なレベルでの高速時系列データとして取得した前例は見られず、当手法は有用な温度計測ツールとして発展する可能性があると考える。今後は計測制度の検証や実機エンジンでの計測データを蓄積していくことを目標とする。

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【参考文献】
(1) 小酒 英範、川内 陽平、大西 毅、相澤 哲哉:感熱燐光体を用いたディーゼル機関燃焼室壁面温度の画像計測、日本機械学会論文集(B編)、Vol. 74、No.738、p.490-497(2008)
(2) N. FUHRMANN、M. SCHNEIDER、C.-P. Ding、J. BRUBACH、A. Dreizler:Two-dimensional surface temperature diagnostics in a full-metal engine using thermographic phosphors、Meas. Sci. Technol. Vol. 24、No.095203(2013)
(3) D. WITKOWSKI、D. A. ROTHAMER:Evaluation of15-kHz high-speed Pr:YAG phosphor surface thermometry of a thermal barrier coating in a reciprocating IC engine、Proceedings of the Combustion Institute、Vol.39、p.1289-1297(2023)
【さらに学びたい方へ】
【1】横森 剛,石和田 尚弘:燐光体を利用した温度計測の基礎と原理、日本燃焼学会誌、Vol.62 No.201、p.234-241 (2020)
所見:燐光体の特徴や燐光体を使用した温度計測の基礎や原理について詳細に記載されている。